彼のルーツと彼らのルール

突然だけれど、TS、なんて言葉をご存知だろうか。
正式名称はtrancesexual、創作物等におけるジャンルの一つで、まあ平たく言えば性転換のことだ。男が女になったり、女が男になったり。現実的に手術でいろんなものを取ったりつけたりするそれではなくて、何と言うんだろう、魔術とか?そういう系の話。ただ、そのジャンルの中にはTS転生、というものもある。転生、つまり生まれ変わること。TS転生というのは、前世と違う性別に生まれ変わること、を示す。こういったものは大抵前世の記憶があったりするものだけれど──余談だが、もちろん無いものもあるし、その場合、その人物の周囲の人間がその前世を知っていたりする──まあ、要は私がそれなわけだ。
私──基、僕。名字名前には、前世の記憶がある。……なんて言ったら中二病を疑われてしまうだろうか。中学二年生近辺に起こりうる突発的な痛々しい自我妄想を考慮せずに、あくまでも純然たる事実として受け止めてほしい。
前世の僕は、しがない女子高生だった。特別何かに優れていたわけでも無い、退屈な授業を怠惰に受け、放課後は友達とファミレスやファストフード店で駄弁ったりするような、平々凡々な女子高生だった。そんなかつての僕は、死に際までそれとなく平凡であった。若い身空で可哀想な交通事故。……だった、と思う。最後に見たのが自分のほうに迫り来るトラックだったことは覚えているのだけれど、ぶつかった記憶がないからいまいちそうは言い切れないのだ。まあ、死んだ時の記憶がないことは良かったのかもしれない。
物心ついたあたりから、何となく前世と呼べるソレのことを思い出した。ああ自分は転生して、名字名前という存在になったのだな、と認識できたのは良いのだけれど、残念なことに僕の意識として、前世の自分のほうが強くなってしまった。
身体が男であるにも関わらず、女子高生であった自分の意識のほうが格段に強い──というか、元の身体の意識なんてあってないようなものだった。物心ついた頃から思い出したわけで、性差なんてその頃はほとんど無かったわけだから。辛うじて付いているか付いていないかくらい?何がとは言わないけれど。
自分の性格的なものなのか、仕方のないことだと割り切るのは早かった。残念だったのは、今世での自分がそこそこ美少年に生まれたことだ。これで女であれば、美少女としてそれなりに勝ち組の人生を歩むことができたかもしれないのに。
言っても仕方ないことだから、何も言わないけれど。性転換手術を受けてまで女子になりたいとは思わないにしても、できれば女子として生まれたかったとは、ずっと思っている。多分慢性的に、そう思い続けるのだろうけれど。

さて、自分の境遇を語るのはこの程度にして、今世での話をしようか。

僕が生まれたこの世界というのが、前世死んでからそれなりに時間が経った世界らしく。
前世、超常現象だの超能力だのと言われていたものが当然のように『個性』という名で人間に身に付いている世界。かくいう僕にも『個性』がある。今の時代、加えて僕の年代では、個性がないほうが珍しいのだ。幼馴染はその珍しい『無個性』だから、それについていろいろ言うつもりはないが。
で。僕には仲良くしている幼馴染が2人いる。
一人は爆豪勝己。もう一人は緑谷出久。小学四年生になったあたりからは勝己のほうといる時間のほうが長くなっているのだけれど。それというのも、勝己が無個性である出久のことをこの上ないほど馬鹿にして、嫌って──いや、恐れて?いるのだ。おそらく勝己本人にこれを言ったところで、絶対に認めはしないだろうが。僕個人は出久を好意的に思っているし、会えば挨拶をして立ち話をする程度には仲が良い。
……この拗れに拗れた幼馴染どもも、本当に昔……個性が発現する前のように仲良くなってくれないかと、思ってはいるんだけれども。なかなかどうしてうまくいきそうにない。
現時点でも、勝己は出久にご立腹だ。なぜって、出久が勝己と同じく──ついでに僕とも同じく──雄英高校ヒーロー科を受けると知ってしまったから。
放課後現在。

「話まだ済んでねーぞデク」

やっぱり……。
受けるくらい良いだろうと僕は思っているけれど。勝己はそうじゃないらしい。僕とは違って完璧主義の勝己らしい、完璧で独善的な意見である。
勝己は出久が持っていたノートを取り上げ、その表紙に書かれた文字を見て常から寄っている眉間の皺を更に深くした。

「カツキ何それ?」
「『将来のための……』マジか!?く〜〜緑谷〜〜!!」
「いっ良いだろ返してよ!」

止める間もなく響く爆発音。勝己がノートを爆破した音だ。相変わらず、派手でお強い個性で何より。
爆破したノートを窓から投げ捨てて、勝己は出久に向き直る。やっていることがどこまでもヴィランっぽいのは言ってはいけないことなのだろう。

「一線級のトップヒーローは大抵、学生時から逸話を残してる。俺はこの平凡な市立中学から初めて!唯一の!『雄英進学者』っつー“箔”を付けてーのさ。まー完璧主義なわけよ」
「僕も受けるし唯一ではないよね」
「っせぇてめェは黙ってろ名前」

というか勝己が「てめェも雄英受けるだろ?受けるよな?返事はYes or はいだ、オラ答えろよ」と、拒否しようものなら爆破すんぞと言わんばかりに手をかざし、無茶苦茶な二者択一デッドオアライブを提げて迫ってきたので、渋々受験先を近所の適当な高校から変えたのだ。横暴なヤツ。

「つーわけで一応さ。雄英受けるなナードくん」

珍しく満面の笑みでそう言った勝己に、出久は何も言うことはなかった。……今僕が出久に声をかけたら、勝己がキレそうだ。後でLINEか何か送って、フォローしておこう。

「いやいや……さすがに何か言い返せよ」
「言ってやんなよ。かわいそうに中三になってもまだ彼は、現実が見えてないのです」
「そんなにヒーローに就きてんなら効率良い方法あるぜ。来世は“個性”が宿ると信じて……屋上からのワンチャンダイブ!」

……ああ、まったく。

「……言い過ぎだ、バカ。あとその発言めちゃくちゃ敵っぽいからやめたほうがいいよ」
「ア゛ァ゛!?んだとボケめっちゃヒーローだろが!」
「いやどこが?」

それで本当に出久がダイブし飛び降りたら、自殺教唆になるけれど。まあ妙なところで出久を信用している勝己だから、出久は絶対にそんなことはしないと思っているのかもしれない。
出久は四歳あたりからこれまで散々勝己に虐げられてきたけれど、それでも折れずにまだヒーローを目指しているわけだし。
いや本当にメンタル強い……僕なら確実に心が死んでる。

「あ。僕今日、買って帰らなきゃいけないものがあるからごめん、先行く」
「あ?何買うんだ」
「卵。朝切れちゃったから買ってこいってお母さんが……今日特売らしくて。じゃあね、勝己。二人も」
「おー」
「明日なー」

結構時間食ってしまった。お一人様ニパックまでとか書いてあった気がする……せめて一パックだけでも死守しないとお母さんに怒られてしまうし、急ぐか。


***


卵を無事にニパック確保した僕は、そういえばシャープペンの芯がなくなりそうだったことを思い出し、ついでに文具店に寄って行こうと家とは反対方向に歩いて行った。

「……あれ、何あの人だかり……テレビ?」

文具店に行く道すがら、電気屋のテレビ前の人だかりに目が留まった。何か珍しいヒーローでも放映されているんだろうか、と思いながら人だかりの後ろから背伸びしてテレビ画面を覗いて見れば、そこには──

「……え゛、何で勝己……?」

見覚えしかない幼馴染、勝己のムスッとした顔が映っていた。すぐにオールマイトに切り替わっ……オールマイト?

「あの、これ、何かあったんですか?」

思わず隣にいた人に経緯を聞いてみれば、その人は親切にも一から十まで教えてくれた。……どうやらヘドロ系の個性をもつ敵に中学生──勝己が襲われ、そこをオールマイトが助けたんだとか。相性のいい個性を持つヒーローがおらず、随分長時間耐えていた勝己はタフネスがものすごいとか(わかる)、途中で違う中学生が飛び出して行って助けようとしていたとか。……その飛び出して行った中学生って出久じゃないか?

「……帰り、勝己んちに寄ってみようか……大丈夫かな」

もしもその、飛び出して行ったという中学生が出久だとしたら……荒れていそうだ、とても。
帰宅して卵を冷蔵庫に突っ込み、荷物を自分の部屋に置いていった僕は勝己の家に向かった。まあお隣さんだけど。
インターホンを押すと、中からおばさんが出てきた。相変わらず勝己に似ている……いや、勝己がおばさんに似ているんだけれど。

「あれ、名前くん。どうしたの?勝己?」
「はい、勝己帰ってますか?」
「今風呂に入ってるけど……まあすぐ出てくるだろうし、部屋で待ってる?」
「あー……はい、そうします」

部屋にいるくらい怒らないだろう。多分。……多分。なんだかんだ言って、勝己が僕を本気で殴ったこともないし、罵ってきたことも……いやあるわ、めっちゃある。ただそれが、嘲りとか嫌悪とか、そういうのからくるものではないというのはわかる。
お風呂から上がる頃には落ち着いているといいけれど。……いや、もしかしたら奇跡的に、最初から荒れていない可能性も無きにしも非ずだ。
暇だったのでスマホで出久にメッセージを送ったり勝己の部屋の漫画を読んだりしながら待っていると、勝己が戻ってきた。頭はまだ濡れている。これあとでおばさんからちゃんと乾かしなさいって怒られるやつだろうな……。

「……よっす」
「なんでいんだてめェ」
「ニュース見た」
「……そうかよ。帰れ」
「んー……勝己、今元気?」
「あ?元気そうに見えんのか?眼科行って死ね」
「(眼科行って死ね?)」

……これ相当参っちゃってるやつでは。
……出久も相当アレだけど勝己も相当アレだな。拗らせ方の方向性が二人とも違うだけに厄介だ。

「あのさ」
「……んだよ」
「僕も、雄英受けるから。ちゃんと」
「…………」
「勝己みたいに、将来をどうするかーとか、明確にビジョンを持ってるわけじゃないけど。……でもまあ、ひとまずは……なあなあに、流されるみたいに雄英受けるのは、やめる」

雄英を受けるとは言った。ただ、落ちてもいいと思っていた。僕はそこまで雄英に固執しているわけでもないし、将来ヒーローになりたいと、思っているわけでもないから。……だけど、そのままではダメだと思った。少なくとも、この先、勝己といるなら。

「全部見たわけじゃない」
「は?」
「ニュースは見たけど、最後だけだし……何がどうなったかとか、全部は見てない。経緯は近くにいた人に聞いたし……ただ、」
「………」
「僕は、勝己はすごいなって、思うよ。昔からずっと思ってた。……そんな、すごい勝己の幼馴染の僕が、すごくないってのは……ちょっと、恥ずかしいし。勝己には勝てないかもしんないけど、全部勝てないわけじゃないって思いたい」
「……バカか」
「うん。……うん、そうかも。あー……うん……ああなんか、らしくないこと言った!ごめん!あと勝己に勝ちたいから明日から勉強教えてください!」
「俺に勝つっつってんのに俺に勉強教わんのかよマジもんのバカかてめェは」
「だって勝己が一番頭いいじゃん。僕もまあ悪いほうじゃないにしても、勝己に勝てたこと一回もないし」
「……まあ」
「だからさ、お願い。僕の手ぇ引っ張って、前進させてよ、ヒーロー」
「……クソが……」
「ん?」
「ホントお前……チッ、死ね!弱音吐きやがったら殺す、成績落としたら殺す、学年順位3位以下になったら殺す、んで!雄英A判定から落としたら死ぬまで殺すからな!」
「うわ、鬼教師……」
「ア゛ァ゛!?」
「んーん、よろしくね、せんせ」
「…………っだああああクソ!死ね!」

……顔赤。

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