お砂糖、スパイス、素敵な何か

勝己と衣類を買いに行くと告げたら、お母さんは従姉妹からワンピースをもらってきて、これを着て行きなさい、とやけに晴れがましい笑顔で僕に言ってきた。そして軍資金を渡された。……デートか何かと勘違いしていないだろうか。ただの買い出しに近いと思うんだけれど。そもそも、僕はともかく勝己からしてみれば、先日まで男だった幼馴染とただ出かけるだけだと思うし。まあサイズの合わない男物の服しか持っていないことを鑑みれば、サイズの合っているワンピースは有難かったけれども。
ちなみに学校の制服はまだ届いていないが、月曜には届くらしい。女子制服が、である。今の身体は女の子なのだから当然だ。しかも名簿でも女子に変更されるようだし。上鳴くんには「お前それで良いのか?」なんて言われたけれど、これからずっと女子なんだから適応していかなければと適当な言葉で言いくるめた。せっかく念願叶って女の子になれたっていうのに、わざわざ男子制服を着る必要もないわけだし。
春らしい小花柄のワンピースに袖を通し、お母さんから借りた小ぶりのバッグを持ち、それからパンプスを履く。約束の時間に勝己の家のインターホンを鳴らすと、ドアを開けたのは勝己だった。
勝己は僕の格好に驚いたようだ。それもそうか。今の僕、上から下まで全身女の子だから。いきなりそんな格好した僕が現れたら、勝己も驚くだろう。

「……どこにそんな服あったんだよ」
「お母さんが従姉妹にもらってきたんだって」
「そうかよ。……ちょっと待ってろ」
「ん」

勝手知ったる何とやら。僕は勝己の家に上がりこんで、リビングのソファに腰を下ろした。スマホをいじりつつ勝己を待っていると、しばらくもしないうちに戻ってきた。……何ていうかキレイめカジュアル……?今の僕の格好も相俟って本当にデートみたいだな、と何となく思う。普段キレイめファッションとかしないくせに、何でこういう時に限って……高校生になったから大人びた服装をしようと思っているとか?……勝己もそういうこと思うんだろうか。いや、思いそうにないか。思いそうにないな。勝己だし。ただの気分?

「ンだよ」
「や……何でもない。もう出れる?」
「おう」
「じゃあ行こっか。僕あそこ行きたい、木椰区ショッピングモール」
「あー……じゃあ電車か。駅だな」
「うん」

多分生まれてこのかた一番楽しい買い物になるだろうから、どうせならいろいろ見て回れるほうが良い。あまりあちこち回ったり、時間かかりすぎたりすると勝己の機嫌が悪くなるかもしれないけれど……まあ、僕にはそんなに怒らないし。こう言うのもアレだけれど、それとなく罪悪感?負い目?があるみたいだから、文句はたぶん言わないだろう。ほんとは、勝己がそんなふうに思うことないんだけれど……たぶん言ってもどうにもならないだろうし。
普段通り他愛もない話をしつつ行けば、時間的にはそれなりにかかっているけれど体感時間はさほど長くはない。……でもそういえば、登校に40分は結構毎朝苦労するなあ。帰りだって疲れているのに、退勤ラッシュと重なるから滅多に座れないし。雄英に入ってから若干後悔するのは唯一そこだ。その他はあまり問題ない、今のところ。
で、木椰区ショッピングモール。県内最多店舗数を誇るというだけあって、敷地面積はかなり広い。うちの近くのショッピングモールとは大違いだ。品揃えは言うまでもなく豊富。さてどこから回ろうかと、何だか過剰にわくわくしてしまう。もともとウィンドウショッピングは好きなので、それもあるけれど──やっぱり自分が好きなように買い物できるというのが一番大きい気がする。

「……どっから行くんだ」
「下着かな」
「早くねえか」
「サイズ測ってもらうし、荷物少ないときに行ったほうが良いと思って。勝己に荷物持っててもらうのも若干申し訳ない気もするし」
「若干って何だコラ」
「いや勝己力持ちだし荷物持たせるくらい別に良いかなって」

お手頃価格のランジェリーショップに入り、店員さんに話しかける。勝己を試着室の前で待たせるのは少しばかりかわいそうな気もするけれど、……いやまあ良いか。いつも自信満々で他人の視線なんて一切気にしていないような勝己にしては珍しく気まずそうな顔はしているけれど。せいぜいが下着を選びに来たバカップルの片割れみたいな見方をされるだけだろうし耐えてもらおう。
サイズの測定は滞りなく終了したので、あとは選ぶだけだ。ひとまず4、5着くらいは欲しい。

「どれがいいかな……」
「何でも良いだろ……」
「何でもは良くないでしょ。お、これ勝己のコスチュームっぽくない?黒、緑、オレンジ」
「てめェマジでクソだな」
「でも僕には似合わなそうだなー」

と言いつつも手に取ってみて、身体にあてて勝己を見やる。

「着て欲しいなら買うよ勝己くん?」
「よっぽど死にてえらしいな名前ちゃんよォ」
「いたたたた冗談ごめん痛い痛い痛い」

ガッ、と頭を掴まれてギリギリ力を込められた。普通に痛いし頭割れそう。冗談だと言って謝ればすぐに話してもらえたけれども、まだ若干こめかみのあたりが痛む。一体どれだけ力込めたんだろう……。ていうかそんなに気に入らなかったんだろうか。

「どれがいいかな〜。白とピンクはあざとすぎるかな?」
「だから「何で俺に訊くんだよさっさと決めろやクソ野郎!というところ?」わかってんなら早よ決めろや!」
「ごめーん」

気に入ったデザインで値段も手頃なものを数着選び、レジに持っていく。……とは簡単に言うけれど、実際にはそこそこ時間がかかってしまった。女子の買い物は長いのだ。男子だった時もその傾向はあったけれど、その時よりも幾分か。
勝己には申し訳ないけど正直ものすごく楽しいから、この後の服なんてさらに長くなってしまうんじゃないだろうか。……時間がかかるなら先にお昼を食べてしまったほうが良いか。

「勝己、ごはん」
「あ?」
「たぶん服選ぶの時間かかるから」
「マジかよ……。……何食うんだよ」
「フードコート行こうよ、僕クリームパスタ食べたい」
「てめェいっつもそれだな」
「好きなんだもん。勝己何食べる?」
「あー……ビビンバ」
「ワンパターンだなあ……」
「てめェに言われたかねえんだよこのクソワンパターン野郎!」

クリームパスタが好きな僕と辛いものが好きな勝己は、メニューにそれなりの変動はあれどほとんど同じようなものを食べてしまう。いや僕はまあ他にも食べるけれど……洋食系ばかりだ。勝己は辛いものばっかりだから、ビビンバとかキムチとかカレーとかそのあたり。まあそれで助けられることもあるんだけれども……主に、激辛料理を食べきったら会計無料とかそういうので。行き過ぎると出禁を食らってしまうから、あんまり乱用できないのがつらいところだ。とはいえ、2人でどこかで食べる機会もそこまであるというわけではないけれど。せいぜいファストフードとか?行くなら学校帰りに少し寄り道、とかだし。
結局昼食を二十数分かけて食べ終わり、少し休憩してから服を見に行く。今日のための下調べは重畳だ、抜かりない。気になるブランドはチェック済みだ。買い物が長くなってしまうことを見越して、そこだけはちゃんと調べてきた。
事前に印を付けておいたショッピングモールの案内パンフレットを広げると、勝己が呆れたような顔をした。

「てめェここ来ること最初から見越してんじゃねえか」
「まあね」
「まあね、じゃねえわカス。つかブランドチェックしてんなら買うもんも決めとけや」
「え〜、だって実際に見て決めたいじゃん」
「知るか」

ぶつくさ文句を垂れている勝己の腕を引っ張りながら、目当ての店に向かっていく。だいたい勝己だって、登山用品は実際に見て決めるとか言ってるくせに。そして意味わかんないくらい長時間いろいろ見てるくせに。別にそれが不快とかってわけじゃないから良いんだけど……。そういえば勝己も僕の買い物の長さに怒ったことないような。まあ不機嫌にはなるにしても、それだけだし。うーん……何だか意外と僕大事にされてるな?知ってたけど。
つつがなく選んだものはブラウスやワンピース、スカート等々女の子らしさ全開のものだ。まあショートパンツやスキニーなんかもあるけれど。ガウチョパンツとか。あとはTシャツも何着か。
で、今は。

「う〜ん………」
「どっちも変わりゃしねえだろうが」
「えー変わるって。勝己どっちがいいと思う?」
「だから何で俺に訊くんだよ……」
「彼女できたときの予行練習にでもしてよ」
「……。……あれは?」

僕が持っているうちどちらでもない、勝己が指差したのはシックなAラインのワンピースだった。……うん、可愛い。可愛いんだけど……。

「勝己ああいうの好きなの?」
「そういうんじゃねえよ」
「ていうか勝己さ」
「あ?」
「自分の服のセンスはそんなないけどこっちはセンスあるんだね」
「ぶっ殺すぞマジで!!」
「めっちゃウケる」
「ウケねえわ死ね!!」

手に持っていたものはラックに戻して、勝己が選んだものを手に取る。

「……買うんかよ」
「うん、でも一旦試着してくるね」
「早よしろ」

……ていうか勝己、意見求めたとき、特に迷うでもなくこれ指差したけど。最初から似合いそうだとか思ってたりしたのかな。なんか随分と彼氏力高いな?似合いそうだとか言わないあたりポイント低いけど。いや言わないのは僕相手だからか?元男だし。幼馴染だし。
試着してみたワンピースは着心地も良いし、自分で言うのも何だけれど似合っていると思う。試着室のカーテンを開けると、前で待機していた勝己が若干肩を跳ねさせた。いきなり開けたからびっくりしたんだろうな。

「似合う?」
「知るかよ」
「似合うのひとことも言えないなんて、勝己って彼女できてもすぐ別れちゃいそうだよね」
「ああ!?殺すぞてめェ!!」
「褒め殺してくれない?」
「…………馬子にも衣装だな」
「あれ〜?それを褒め言葉だと認識してるなんて天才の勝己くんも大したことないんですね〜?」
「っに、……似合ってねえ、こともねえよ!!つかこの俺が選んでやったんだから当たり前だろがふざけんなとっとと着替えろグズ!!」
「はーい」

素直に褒めるってことが本当にできない奴だな勝己は。何か暴言混ぜないと何も言えないんだろうか……思えばいつもそうだし、そこまで気にならないけど。
ちなみにこのワンピースはこのあと勝己が買ってくれた。どういう風の吹き回しかと思ったけれどまあいっか。それにしてもなんかこれ、本当にデートみたいだなあ。初デートが勝己とか、なんか予定調和すぎないだろうか。

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