どこにもいかないでね

警察の顔を見た途端、僕は何となく──今から告げられるだろう言葉を、察してしまった。僕が察することができたのだ。僕より頭の出来が良く、また感情の機微にも敏い勝己が察せないはずはなかったと思う。視界の端で、珍しく勝己が背筋を伸ばしているのが見えた。
警察はいろいろと話してくれたけれど、要約すればこうだった──犯人が死んでしまったので、二度と男には戻れない。犯人は昨晩に交通事故で死んだらしい。僕に個性を使ってからおよそ二、三時間後の話だそうだ。朝に見たニュースを思い出しながら、あれの被害者がその犯人だったのだなとふと思った。
僕に精神的ダメージがあったかというとそんなことはない。僕は喜んでしまったからだ、“戻れない”という事実そのものを。人が死んだ結果もたらされたことだから、不謹慎だし複雑な心境でもあるけれど。話が済むと、後ほど学校のほうにも連絡しておいてくれることを伝えられて、僕も勝己もそのまま家に帰された。
僕よりも勝己のほうがよほど精神的ダメージが大きいのではないだろうか。泣きっ面に蜂とでもいうのか。出久に負けた上に、勝己視点で言えば自分のせいで幼馴染が一生女のまま生きなければならなくなってしまった。確かに、その幼馴染が僕じゃなければ詰られたりしたかもしれない。僕だから、そんなことは言わないし言う必要もない。勝己がこうならなくて良かったとさえ思っているところだ。勝己がこうなってしまって、戻らないなんてなったら……荒れそうだし、自暴自棄になってもおかしくはないだろう。僕と違って勝己は中身もちゃんと男だから。

「……名前」

普段声量の多い勝己にしては随分小さな声だ。顔を見れば……何やら、罪悪感を覚えているような表情をしているのがわかった。長く幼馴染などをしているし、思えば個性が出る前からの仲だというのに、勝己のこんな顔は初めて見るなあ、と思った。

「……俺が謝ったところで、別にてめェが男に戻るわけでもねえし、犯人が生き返るわけでもねえから、何も……言わねえけど」
「うん」
「どうせ、俺のせいじゃねえとか言うんだろ」
「その通りだからね」
「俺は、そうは思わねえけどな。普通あんだろうが、もう二度と戻れねえってなったら、別に悪くねえ奴にも当たり散らしたりとかよ」
「性別に執着なかったのかもしれないし」
「んだそりゃ……」
「あとは、実感もないかな」

どちらも嘘ではない。男という性別に執着なんてなかった。まあ、女という性別には執着していたから、一概に本当とも言い切れないけれど。これから女として生きていいと言われても実感はわかない。納得していなかったとしてもなんだかんだ言って身体だけは、しっかり16年弱男の子をしてきたわけだから。
……けれど、そうか。実際にこうなった僕でさえそうなのだ。隣にいる勝己はもっと実感なんてわかないだろう。

「勝己は」
「ンだよ」
「僕が女だったら困る?」
「……別に」
「じゃあいいよ」
「何が良いんだよ……」
「良いものは良いの。勝己が気になるっていうなら離れるけど?」
「誰もンなこと言ってねえだろが!!」
「冗談だって。怒んないでよ」

不思議なものだ。勝己の返事なんてわかっていたようなものだというのに、妙に安堵している自分がいる。僕は自分で思っていたよりもずっと、勝己を……何と言えば良いのか、大切?に……感じている、らしい。しっくりこないけれど。家族とはまた別次元で、そこにいて当たり前の存在だったから性転換これが原因で離れられたら結構凹んでいたところだ。……いや、結構ではなく、相当、かなり。再起不能とまではいかなくても、それに近いレベルで?

「……制服とか体操服とか、お金どうなるんだろ」
「知るかよ」
「コスチュームも作り直しかなあ、一回も着てないのに……ていうかどんなのかも見てない……」
「……学校関連のモンは、別にてめェが何かやらかしてこうなったんじゃねえしある程度負担してもらえんじゃねえの。資金は潤沢だろうしな。つーかそれより、気にしなきゃなんねえのは普段使いのもんじゃねえのか」
「ああ、下着とか服とかね」
「今まで着てたもん、着れねえだろ」
「だよね〜。だいぶ身長変わっちゃったし」

……そういうものも買わなきゃいけないのか。髪も伸びたし、ヘアアクセサリーもほしい。物欲もあまりなくて物を買わないから、お小遣いやお年玉なんかがそこそこ貯まっている。この際散財してしまおうか。せっかく女子になれたのだから、女の子らしい服が着たい。普通の女子高生だったのだ、相応にオシャレがしたい欲だってあったというのに抑圧されていたから、反動で可愛らしいものばかり選んでしまいそうだ。
……女性下着は高いから、それに関してはお母さんにカンパしてもらおう。それなりに貯まっているとはいえ、所詮学生の所持金だしたかが知れている。下着を何着も買ったら、すぐに底をついてしまう。
……そうだ。

「ねえ勝己、今度の休み、買い物付き合って」
「……場所による」
「え〜、ゲーセン行くことを良しとしてたくせに人混みが嫌だとは言わせないからね」
「そっちじゃねえわ!」
「じゃあなに?……ああ、ランジェリーショップとかか!大丈夫大丈夫、連れてくから安心して!」
「ふざけんな絶対ェ入んねえぞ!!」
「え〜、身体がこれだからって一人で入るのはちょっと抵抗あるな〜」

まあ、冗談なのだけれども。中身は女だ、抵抗なんてものありはしない。高校1年生の男子に、女子しかいないようなランジェリーショップに一緒に入ることを求めたりはしないとも。まあ、一緒に入ることにも抵抗はない。

「……ッすぐ済ませねえと殺すからな!!」
「えっ?……あ、うん」

……良いのか。

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