彼、或いは彼女の立ち位置

僕だけ個性把握テスト・リターンズ。オールマイトの姿はちょっと見たけどすぐ相澤先生に呼ばれてしまったので、授業内容が何かさえ知らない。これが後に響かなければいいけれど……といってもまあ、初回とはいえ1限落としただけなら大丈夫だと信じたい。それに、こうなったのは不可抗力だということで公欠扱いにしてくれるらしいし。
身体能力は男子の時よりは落ちるけれど、成績的には──つまり女子の評点に照らし合わせてみると、点数は男子の時と同じだったので運動神経まで低下しているということはないようで安心できた。個性の使用上限に関してはわからないけれども、威力や精度が落ちているなんてことは少なくとも無かった、と思う。まあ1限分みっちりいろんな実験?をしたので、どっと疲れたけれど。
……で、教室に帰ると。
勝己が茫然自失状態だった。ヒーロー基礎学で何があったんだ……?あの常に自信満々って感じの勝己がこんなふうになるなんて、よっぽどのことがないと……。……というか、出久もいない。まさかこの拗れに拗れきった面倒臭い幼馴染どもは、また何か起こしたのか?だって、出久関連のことがなければ勝己がこんなふうになるはずないし。
アレどうしたの、と近くにいた切島くんに訊いてみると、勝己は出久に負けてからずっとあの状態らしい。ちなみに当の出久は、腕をバッキバキにして今は保健室で休んでいるらしい。まあそうでもしないと、勝己には勝てないか。それもそうなのだろう、けれど。……うーん。
負けた。勝己が。出久に。なるほど……そりゃこうもなるだろうな。僕は心の底から納得して、切島くんにお礼を言うと自分の席に着いた。今は何も言わないのがベストだと判断して。
そうか、出久が勝己に勝ってしまったのか。僕はどうやら無意識のうちに、『そんなことは有り得ない』と思ってしまっていたようだった。この十数年間ずっと僕にとって、こう言ってはなんだが出久は勝己よりも下の存在だったのだ。出久が勝己に何か一つでも勝ったところを見たことがない。……ああいや、思いやりの気持ちだとか優しさだとか、そういう内面においては出久の圧勝だ。それは言うまでもないことだ。僕はまあ、勝己にもあれで優しいところはあるのだと心の底から言える程度には勝己のことを知っているつもりだけれど、だとしても出久より性根の綺麗な奴だとはやはり言い切れないわけで……話が逸れた。内面はさておき、こと身体能力においては勝己の圧勝だったと記憶している。
出久に個性が発現したことは、この間見たからわかる。僕は出久が自分の個性をずっと僕達に隠していたというわけではないと思っている。前例は確かにないけれど、今になって個性が発現したのだろう、と。それでも……いや、だからこそか。何年もこの個性と付き合い続けた勝己と、最近個性が発現したばかりの出久とでは経験値に圧倒的な差があるのだ。だから、勝己が負けるなんて僕にはにわかには信じ難いことで。……内容を詳しく聞いていないから何とも言えないけれど……もし、勝己が負けることがあるとしたら、それはメンタル的なそれが深く関係しているのではないかと推察できる。
勝己は今まで出久のことを『自分の周囲にいる人間の中で一番すごくない奴』、『没個性にすらなれない無個性』──まあつまり、ひどい言い方だがいわば絶対的弱者として見ていたのだ。
それが、自分と同じ雄英高校ヒーロー科に入学したばかりか、先日強力な個性を持っていることを知り、果てはその個性により僅かだろうが自分を越える成績を叩き出した。勝己は少なからず、それに動揺したのだろう。そこから派生した憤怒だとか、……無意識に持っている畏怖だとか。そういう感情に突き動かされた結果、周囲に目を配ることができず──負けた、みたいな。うん、我ながらいい線いっている気がする。
まあ、そうだとして。体調が絶不調だろうが、メンタル的にどうこうなっていようが、勝己にとって“負け”は“負け”だ。どんな理由があれ、結果的に出久に負けたことには変わりない。……って、思っているんだろうなあ。ああ、もう。こういうふうに勝己のメンタルがどうにかなるの、この長い付き合いでほとんどなかったからどうしていいのかわからなくて困る。きっと今、勝己のエベレストよりも高いプライドはずったずただ。それを僕がどうにかしなければいけないというわけでもないんだし、僕は普段通りに接していれば……とは言っても、当の僕がこの身体じゃ普段通りもクソもないか。
本当に、ままならないものだ。何もかも。


***


「帰んぞ名前」
「え、あ。待って、まだ支度終わってない」
「先行ってる」
「待ってってば、……もう」

いつもなら「早く終わらせろやトロくせえな」とか言いながら待ってくれるんだけれど、さすがに今、そんな余裕はないようだ。そんなふうに一人で抱えられても困るんだけれど。
もういっそ思いきり遅れてやろうとゆっくり支度をしていると、出久が戻ってきた。まだコスチューム姿で、そのコスチュームはところどころ焦げている。勝己がやったんだろうな、あれ。クラスメイトに囲まれるも、出久は勝己の所在を聞いてすぐに後を追っていった。……何ていうか……出久って、変なところで怖いもの知らずだ。普通、今の勝己に話しかけようとか絶対に思わないと思うんだけれども。出久の今までを思えば尚更だと思うのに。出久のそういうところは、ヒーロー向きだと思う。少なくとも、僕よりは随分と。
バッグを肩にかけて、廊下を歩く。まあ和解してくれるなんて一切思っていないけれど、きちんと会話が成り立つ程度に──具体的に言えば勝己が出久と話していて何でもないところでキレない程度には、仲を修復させてほしい。……なんて、この程度のことさえ高望みだろうか。会話も満足に成り立たないのはさすがにどうかと思うんだけれど……勝己って異常なほど短気だからな。これを機に少しは導火線が長くなってくれたら良いんだけれど。

「……あ、名前くん」
「出久……聞いたよ、勝己に勝ったんだって?」
「え、あー……多分、それはあの……反則勝ちみたいなものだし……腕もすごい折れたし」
「勝ちは勝ちだよ。おめでとう、出久」
「あ、うぅ、うん……ありがとう、名前くん」
「ん。……さて、そろそろ勝己も泣き止んだと思うから行こうかな」
「え、何でわかるの?」
「え、勝己ほんとに泣いたの?」
「あっ」
「見たかったなあ。僕は勝己にそういう顔、させることできないから。じゃあね出久、また明日」
「あ、う、うん。また明日!」

そもそも僕と出久では、ポジションが違うのだ。
勝己にとっての出久が『絶対的弱者』であるならば、僕はさしずめ『絶対的味方』というところ。そもそも対抗心を燃やして突っかかってくるだなんてことを想像さえしないのだ。僕自身、勝己に勝とうとは思わないし。勉学面では別としても、今後授業で戦闘することがあったとして、僕が勝己に勝つビジョンは浮かばない。もしも僕が勝ったとして……勝己は、悔しがったりするだろうか。悔しくて泣いたりするだろうか。

「……無いな」

即座に否定できてしまう。まあ悔しがりはするだろうと、思う。しかしだからと言って、そこまでショックを受けることも無いだろうと思う。
僕は勝己の味方だ。勝己もきっとそう。それは絶対に敵にはならない。而して、好敵手にもなり得ないわけだ。
それを別段惜しく思っているわけではないし、そうなりたいともついぞ思わないだろう。……なんというかこのあたりが、僕の精神が女子たる所以なのかもしれない。男子と女子の違いって、こういうところにあるんじゃないだろうか。

「おい」
「……あれ、勝己。待っててくれたんだ。先行ってるって言ってたのに」
「てめェがあまりにも遅えからだよ」
「ごめんごめん。帰ろ」

駅まで一人で歩くくらいのことは考えていたんだけれども、勝己は校門の前で待ってくれていた。……自分のことで割といっぱいいっぱいだろうに、僕の存在を忘れたりしないんだものな。さすが絶対的味方。

「ねえ勝己」
「あ?」
「泣いたの?」
「泣いてねえわ!!」
「目ぇちょっと潤んでるよ」
「視神経イかれてんじゃねえのか?」
「イかれてないでーす」

完全復活って感じではないけれども、とりあえずは吹っ切れたのかな。……それにしても、せっかくの幼馴染対決だ。できれば見たかったな。この二人が正面切って争う光景なんて、これから滅多に見れるものじゃないだろうし。授業の様子とか、カメラで撮ってたりしないかな。

「ヒーロー基礎学って具体的に何したの?」
「あ?……今日は戦闘訓練だった。ヒーローチームと敵チームに分かれて──」

と、せっかく勝己が話し出してくれたというのに、僕のポケットに入っていたスマホが振動したことで一旦中断になってしまった。まったく誰なんだこんな時に。
──そう思いながら発信元を確認すれば、知らない番号。訝しく思いつつも出てみると、どうやら発信元は昨日行った交番の警察官だった。ああ犯人が捕まったのかな、なんて思う僕は、今から来られるかと尋ねられたことに肯定を返した。

「……昨日のか?」
「うん、みたい。詳しくは後でって……勝己、先帰ってていいよ」
「……俺も行く」
「ええ?別に良いのに……まあ、いっか。行こ」

短い間だったなあ、この身体も。
……なんて呑気に思っている僕は、まあ、当然ながら今から何を言われるのかなんてこと、露ほども知らなかったわけだけれども。

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