不変、変動、普遍

お母さんに、おそらく他人の個性の影響で性転換したという旨を話したら「私娘も欲しかったのよね」とからから笑っていた。順応性が高いといえばいいのだろうか。わざわざ一緒に説明に来てくれてありがとうね、ご飯食べてく?と母が勝己に声をかけたけれど、勝己はそれを丁寧に断って家に帰って行った。長年付き合いのあった幼馴染がいきなり(勝己視点で言えば自分のせいで)女になってしまったのだし、当人としてはおそらく複雑な気持ちなのだろう。見ていたくないのかもしれない。僕は、あまり気にしないのだけれど。
その後は特に何事もなく過ごした。トイレだとかお風呂だとか、普通なら戸惑うところなんだろうが、僕としてはこれが正しい形だ。生まれてからようやく間違いが正されたような気持ちだった。
寝たら戻っていたりするかもしれないな、と何となく眠りたい気持ちにはならなかったけれど、やはり疲れた身体は正直だった。徐々にうとうとしてきて、いつの間にか僕は眠りに落ちていた。

翌日早朝。
起きた僕は、身体が昨日から変わっていない事実に何となく妙な気持ちを覚えつつ、洗面台に向かった。女の子らしい顔つき、長い髪。細い肩と、華奢なデコルテライン。どこからどう見たって女の子で、自分はこれを求めていたのだな、とぼんやり思う。どうせ男に戻るのだからと考えを打ち消し、顔を洗ってリビングに向かう。
既にお母さんは起きていて、朝食の準備は整っている。焼きあがったトーストにいちごジャムを塗りながら、朝のニュース番組を何とはなしに眺めた。ヒーローがヴィランを検挙したこと──昨日の敵ではなさそうだ──、交通事故、政治問題、それから雄英の入学式の様子も流れている。僕達は参加していないので、ヒーロー科のA組のスペースだけがらんと空いていた。入学式は、普通の高校と変わらないだろう厳かなものであった。僕達はこれに出ないで個性把握テストなるものをしていたのだなと若干不思議な気持ちになった。
朝食を終え、食器を水につけてから、歯を磨いて自室に戻り、入学2日目にしてサイズが合わなくなってしまった制服に腕を通す。ちなみにだが、下着は仕方ないのでお母さんのものを借りた。1日2日だけなら、買うのも無駄だし。男子高校生的には確実にアウトだろうし、同じ状況に置かれても絶対に嫌だというのだろうけれど、まあ女子高生的にはセーフ……セーフ?だろう。若干胸がキツイけれど、息がつまるほどでもない。それにノーパンノーブラでいるよりは百倍マシだ。ボクサーだとしても腰回りが緩かったから落ちてしまったし、胸があるのにブラをしないのも躊躇われた。男子高校生としては間違いだったとしても、女子高生としては正解だ。
朝から職員室に行って説明をしなければな、と思う。……初日から気が抜けすぎだ、と怒られてしまうだろうか。まあ確かに気が抜けていたのは事実だし、その点は反省しているけれども。
時間割と鞄の中身を念のために照らし合わせて忘れ物がないか確認していると、お母さんから「勝己くん来てるわよー」と声がかかった。

「……え、勝己?」

最後にペンケースを鞄に放り込んでファスナーを閉めると、割と急いで玄関のほうに向かった。
足音に反応してこちらを向いた勝己は、僕の姿をみとめてぎゅっと眉間に皺を寄せた。……まあもともと皺を寄せていたんだけれど。

「戻ってねえんだな」
「え?ああ……まあ、戻らなかったね」
「支度できてんのか」
「うん」
「じゃ、行くぞ」
「うん……お母さーん、スニーカー借りるよー」

先日買ってもらったばかりのローファーを横目に、レディースのスニーカーに足を通す。中学の時もずっとローファー派だったから、なんだか変な感じだ。サイズは問題ないから、靴擦れを起こしたりはしないだろうけれど。

「僕、学校着いたら職員室行くから……先に教室行っててくれる?」
「あ?何でだよ」
「え?何でって……だから説明するから」
「説明すんなら俺もいたほうがいいだろが。その場にいたんだしよ」
「いや一人でできるし……」

まあ良いや、勝己がしてくれるなら楽だから。
それにしても、若干ながら向けられる好奇の視線が気になる。今の僕は見るからに女子であるし、その女子がサイズの合わない男子制服に身を包んでいたら、そりゃ目立つだろうけれど。
勝己はあまり気にしていないか?視線がうぜえとか何とか思っていると思ったけれども、案外その顔は不機嫌そうには見えなかった。
電車を乗り継ぎ、雄英前。なんというか、身体が小さいって満員電車では不利だなと痛感させられた。普段はそこそこ上背があるおかげでつり革を掴んでさえいればバランスも取れるけれど、この身体ではどうにもふらついて仕方がなかった。途中で見かねた勝己が肩を抱いてくれていたので流されたりすることはなかったけれども。何やってんだこいつ、とでも言いたげな目が心にきた。
何はともあれ職員室だ。校舎内でも変わらずやはり集まる視線に辟易しながら、職員室に入ると、室内にいた先生の視線が一気にこちらを向いて居た堪れなかった。まあ僕は、勝己の後ろに隠れて……隠されて?いたのだけれども。

「……爆豪か、どうしたんだ」
「名前」
「……うん……」
「………、名前って、まさか名字か?」
「その通りです……」
「お前、男じゃなかったか」
「昨日までは生物学上男で間違いありませんでした……」

経緯を話すと、相澤先生は半目になって僕を見た。初日から問題を起こすな、とでも思っているのだろうか。少なくとも合理的でないのは確かなので何も言えない。

「一応被害届も出しましたし、体調にもさほど問題はありません。まあ性差もあるので、身体能力は落ちているかもしれませんが……」
「……一先ず、午前の授業は一般科目だ。問題なく受けられるだろう。ただ5限……ヒーロー基礎学は内容が内容だからな……」
「何をするんですか?」
「詳しくは教えられないが、まあ訓練だな。それでも名字自身が今の身体能力が分からないんじゃ話にならないだろうし、個性把握テストのやり直しだ」
「えっ」
「除籍にはしないから安心しろ」

……あれのやり直しか……。できれば遠慮したいところだけれど、相澤先生の言い分も尤もだ。男に戻ること前提とはいえど、それがいつになるかがわからないなら、女子としての限界値は知っておくべきだろう。個性のほうにも影響が出る可能性は否定できないのだから。
……とはいえ。

「僕もヒーロー基礎学出たかった……」
「しゃーねえだろが」
「だってヒーロー科ならではの授業な上に、教科担任オールマイトなんだよ?受けたかったー!」
「ドンマイ」
「ねえあとで絶対感想聞かせてよ?どんなことやったかとか!あとオールマイトがどんな感じだったかとか!あ、ねえヒーロー基礎学ってコスチュームも着たりするのかな?もし着てたら着心地とか使い勝手とか教え……」
「うっせえ!好きなだけ聞かせ殺してやっから黙ってろボケ!」
「うん」

いつもの調子が戻ってきた。昨日はあまり喋るなと言われたけれど、今は普段通り話せている。まあ複雑な気持ちではあると思うのだけれど、多少慣れたのかもしれない。
教室には、約半数以上の生徒が揃っていた。僕らも特別早く来ているわけではないし、職員室にも寄っていたので妥当なところか。

「やあ、おはよう!爆豪くん、名字く……ん!?」
「あ、おはよう飯田くん」
「…………君は誰だ!?」
「名字名前だよ」
「いや……名字くんは男性であったと記憶しているのだが……」
「昨日の放課後、他人の個性に当たっちゃってこんなことに」
「そうか……災難だったな。では改めて、名字くん!おは「うるせえメガネ」

……勝己の対応はさておき、個性で何でも片付く世界は楽だと改めて感じる。以前だったら考えられないことだ。……まあ、考えるだけ無駄かな。
その後も、興味津々に身体について聞いてくるクラスメイトには『だいたい個性のせい』と説明すれば納得してもらえた。便利な言葉だ。
で……初授業、なんだけれども。
普通だった。まあ一般科目なのだから、アブノーマルでも困るのだけれど。しかしさすが偏差値80近くにもなる高校だけあって、授業自体はとてもわかりやすかった。
……でもヒーロー科ならでは、の授業の初回授業を、受けられないのは痛い。せっかくヒーロー科に入ったというのに……そこばかりは、あの敵?に呪詛を送りたくなる気持ちになった。

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -