ただ君だけが許されている

「そういえばね、爆豪くん」
「あ?」
「私今日、誕生日なんだよね」
「……………ああ?」

こともなげに告げられた言葉は、少しばかり爆豪を驚かせた。「私今日、誕生日なんだよね」。顔に似合わず次の授業の予習に不備がないか確認するという優等生のような行動をしていた爆豪の鼓膜は、たとえ作業中であっても名前のその言葉を正確に聞き取っていたし、聞き間違いはあり得ないだろう。ノートに向けられていた視線を上にずらすと、前の席に腰掛けて爆豪の机に両手で頬杖をつきながら様子を見ていたらしい名前は、一度ぱちりと目を瞬かせた。

「どうかした?」
「……どうもこうもねえわ。てめェ、そういうんはもっと早よ言え」
「爆豪くんに誕生日を祝うって概念あったの」
「ナメとんのかあるわ!」
「や、だって上鳴くんとかの誕生日知らんぷりだったじゃん。誕生日って言っても「知るか何で俺がてめェの誕生日祝ってやんなきゃなんねんだよ殺すぞ死ね」って言ってたし」
「てめェは馬鹿か?アホ面各位の誕生日と彼女のてめェの誕生日で同じ対応なわけねえだろが」
「…………爆豪くんって、彼女の誕生日は祝うんだね……?」
「てめェ俺を何だと思ってんだぶっ飛ばすぞ」

ビシッ、と名前の頭にチョップを食らわせるがその威力など名前の前髪が多少乱れる程度。恋人同士の他愛もない戯れである。
名前はチョップされた箇所を軽く撫でながら「真面目な話をするけど」と前置きして話し始める。前置きがある話は大概長くなることを爆豪は知っているので、聞き流す気満々だが。

「爆豪くんの誕生日が4月20日だったから」
「付き合う前なんだからしゃあねえだろ」
「……最後まで言わせてください」
「要約しろ、馬鹿じゃねーんだからよ」
「爆豪くんの誕生日をお祝いできなかったので私の誕生日のお祝いも今年は不要です」
「却下」

すげなく返されたそれに名前は苦笑で答える。名前としては誕生日だと言っても爆豪は「へえ」と興味なさそうな反応を示すだろうと思っていたのだろうけれど、どう考えても見当違いであるのだ。
名前が考えているよりもずっと、爆豪は名前を好いているし大事にしているし甘やかしている。おそらくは名前以外のクラスメイトのほとんどが認識していることだ。

「ん、ん〜……って言ってもなあ。……てゆか、爆豪くん。今私の話を聞いても無駄だと確信しているからと言ってせめて聞く体は保ってよ……スマホいじらないでよ……」
「……放課後」
「はい」
「外出る」
「え?結構です」
「返事ははい以外ねえんだよ」
「はい……」

一度睨め付けると、話は以上だとばかりに再びノートに視線を落とした爆豪を眺めながら、名前は小さく溜息を吐いた。

そして放課後。しっかりとコートを着込んだ名前と、コートに加えてマフラーもしっかり巻いている爆豪。さむいね〜、などとふるりと震える名前に「そりゃそうだろ」と呆れ顔で返す。コートを着ていようがなんだろうが、ミニスカートにハイソックス。太ももががら空きなのだ、寒くて当然である。

「ねえ爆豪くん、どこ行くの?」
「黙って着いて来いや」
「えぇ……」

と言いつつ手を繋いでくれるのだ、サービス精神旺盛である。誕生日だからかなあ、と呑気に考えつつ、辿り着いた先は爆豪のイメージとはまったく合わない可愛らしいカフェであった。店内には制服を着た女子高生やカップルが多くおり、ケーキのショーケースが存在感を発している。
──爆豪の実家は、雄英からほどほどに遠い場所であると名前は記憶している。そして爆豪は放課後や休日にさほど出歩くタイプでもないので雄英近辺で知る場所はコンビニやスーパー、あとはスポーツショップ等だろう。加えて、興味のないことはほとんど覚えようとしない爆豪が、こういったカフェを知っているとは思えない。……となれば。

「……あの、爆豪くん」
「あ?」
「お昼にスマホいじってたのって」
「っせえ黙れぶっ飛ばすぞ」
「……爆豪くんって「お客様、2名様でよろしいですか?」ぅあはい!」

飛び上がるような勢いで返事をした名前をケッと鼻で笑いつつ、店員の案内に応じてテーブル席に着いた。

「さっさと選べ」
「爆豪くんは食べないの?」
「あ?いらね。コーヒーだけでいいわ」
「いいの?」
「いいっつってんだろ早よ選べ」
「うん。フルーツタルトにする」
「好きだな」
「うん、好き」

注文をして幾許もしないうちに届けられたフルーツタルトを前に、名前は嬉しそうに目を輝かせる。それをわざわざ写真に収める意味は爆豪にはわからないし理解できない、しようという気もないが、まあいつものことだ。どうせ後でSNSにでもあげるのだろう。

「爆豪くん、」
「あ?」

ぱしゃりとシャッター音。名前のスマホには今、コーヒーカップを片手に目を眇める爆豪の姿が納められたはずだ。

「消せや」
「やだ、記念にとっとく」
「記念だァ?」
「私の誕生日の爆豪くん。……ここ連れてきてくれただけでも結構私満足してるんだけど、プレゼント代わりに……だめ、ですかね」

爆豪は、好きでもない女と付き合うなどという至極無駄なことはしない。また仮に好きになったとしても、相当気持ちが傾かなければ想いを伝えて恋人になることもないだろう。ヒーローになることが最重要目標だ、恋愛ごとにうつつを抜かしている場合ではない。──という点を加味すれば、爆豪は相当名前のことが好きであると言えた。爆豪とて普通とは言い難いが感性はまだまだ男子高校生、好きな女子を可愛いと思う感性くらい持ち合わせている。そして今、爆豪は名前を可愛いと思った。舌打ちを1つ打つだけで、快く了承してやるくらいには。
名前は自分が爆豪に“相当好かれている”ということはわかっていないが、しかし馬鹿ではない。それが「好きにしやがれ」の意であることを汲み取ることくらいはできた。
嬉しそうににこにこしながらスマホをバッグの中に入れると、フォークを手に取りタルトを口に含む。ただでさえ緩んでいた顔がさらにとろけるのを見ながら、ミルクも砂糖も入れていないコーヒーを飲む。ブラックだというのに妙に甘いような錯覚を覚えるあたり、どうかしてんなとひとりごちる。

「美味ぇか」
「うん!爆豪くんも食べる?」
「いらね」
「美味しいのに……」

美味しそうに食べているさまを見ているだけで十分なのだ。まあ、口が裂けても言えないけれど。
数分かけてケーキを食べ終えた名前は満足げな表情をしている。食べている様子を眺めていたがために三分の一程度残ったコーヒーを、一気に飲み干して席を立つ。

「あ、待って爆豪くん、いくらだった?」
「いい」
「え?でも」
「てめェの誕生日だろうがよ。大した額でもねえんだから奢られてろや」
「……うん」

店の外に出た時には、もうすっかり陽は沈んでしまっていた。冬は陽が落ちるのが早くなるので当たり前だが、暗いとやはりあまり外を出歩いているべきではないと思ってしまう。一緒にいるのが切島等であればなんとも思わなかっただろうが、しかし今一緒にいるのは名前。女子であり、何より彼女だ。自分がいるとは言え、何かあってはたまったものじゃない。行きと同様手を繋いでやりながら、帰路に着いた。

「……爆豪くん」
「ンだよ」
「あのね、ありがとう。当日に祝ってもらえるとやっぱり嬉しいや」
「もっと早くに言ってりゃ、」
「だって私はお祝いできなかったもん……来年は楽しみにしててね、私頑張るよ」
「……ほどほどにしろよ」
「うん」

上機嫌な様子は見なくても伝わる。繋いでいる手が緩く振られているからだ。足音も心なしかいつもより軽い。

「……オイ」
「なに?」
「何か、」
「うん」
「……欲しいもんとか、して欲しいこととか。何かあんだろ、一つくらい」
「ん〜……、……んん、と」
「ンだよ」
「ええとね、爆豪くん。……ええと、……き。キスを、しませんか」
「……ンだそれ」
「だめ、ですかね」

繋いでいる手に少し力がこもったのをいじらしいなどと思う自分を、過去の自分が見たら果たしてどう思うだろう。とりとめもなく頭の隅でそんなことを考えながら、爆豪は珍しく──それはもう、ここ数年一度や二度あったかなかったかくらいの希少性だ──苛立ちも妙な高揚感もなく、凪いだ心地で笑う。
手は繋いだまま。もう片方の手をまろい頬に滑らせて、身体をかがめ柔いくちびるに自分のそれを重ねる。
時間に表せばおよそ数秒程度。唇を離すと、街灯に照らされた名前の顔はほんのり赤い。そういえば思わず周囲も確認せずにやってしまったことに今更気付いたが、幸いにも人通りは名前と爆豪以外にはゼロであった。

「爆豪くん」
「……何だよ」
「来年も、してほしいな」
「……覚えてりゃあな」
「うん」

さすがに、これが照れ隠しであることなど明確すぎて、隠すという体も保てていないだろうか。
覚えていれば、だなんて。大層優秀な記憶力を誇るその頭が、進んで記憶に残そうとする恋人のその可愛らしいお願いをまさか忘れるはずがないし、仮に忘れてしまったとしてもどの道同じことだ。
いつでも触れたくて仕方がない唇に、触れることを許されている。爆豪にだけ与えられたその権利を、享受しない道理などどこにもないのだから。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -