召しませロマンス

こちらの続きとなっております。


「爆豪くん爆豪くん」
「今日は何作りすぎたんだ」
「今日は鶏おこわをですね、作りすぎてしまったので……よろしくであります」

炊飯器を覗き込めば、鶏おこわは作りすぎたにしても作りすぎだと思える量だ。爆豪がそう思ったのを察したのか、慌てて手を胸の前でぶんぶん振りながら「違うよ!」と言う。曰く、明日の弁当に入れる分も、と思っていたらしい。それにしても作りすぎだろうけれども。

「いやぁ、だって作りすぎちゃっても爆豪くんが食べてくれるかな〜って思ったらなんか良いかなって……」

きゅん。
爆豪はこの間夕食をご馳走になって以来、何度目になるかもわからない胸きゅんを味わった。こうなってしまえば、どうして今まで視界に入ってこなかったのか不思議に思うくらいにはきゅんとしていた。気の抜けるような笑顔はマイナスイオンか何かでも出ているのかと思うくらい問答無用にこちらを癒してくるというのに、よくこの空気にあてられなかったものだ。
主食のみならず主菜副菜まで用意してくれるのだ、至れり尽くせりである。毎日というわけではないが割と頻繁にご馳走になっているので、さすがに悪い気はしている。しかし食べない、という選択肢は爆豪にはなかった。

「普通の味ごはんも美味しいけど、おこわも美味しいよね。私好きなんだぁ」
「へえ」
「爆豪くんは?」
「……まあ」
「ふっふー、爆豪くんがそういう反応するときは好きって思ってる時だって私知ってるよ!」
「うるせえ」

もはや言い返しようもないほどの図星である。
爆豪は天邪鬼のきらいがあるので、素直に好きだとかは言えないのだ。ただ嫌いなものは嫌いだとはっきり言うので、言葉を濁した時は大抵好きの意味ということになる。
何が楽しいんだかニコニコと笑う名前の顔を見ているとどこか釈然としない気持ちも何だかどうでもよくなっていく気がするので不思議なものだ。おそらくこの様子を緑谷が見たら二度見どころか三度見くらいはするのではないだろうか。
しかしこうして共に食事をする機会が増えてからは、へらへらと気の抜けた顔をしている割に名前は食事の仕方が綺麗であることに気付く。何だかうっかりじっと見てしまうほどには。

「……?」
「……」
「……ば、爆豪くん」
「……あ?」
「えーっとですね、見られてるとちょっと食べにくいなぁ……?」

気づかれるくらい見てたか、と爆豪はにわかに愕然とする。確かに綺麗に食べるなとは思っていたがそんなにじっと見つめてしまうほどだとは。いや、好意的に思っているからだろうけれど。それにしたって手を止めてしまうほど見つめるのはどう考えてもおかしい。頭やられてんな、と思う爆豪だったが、しかし血色の良い頬と照れたような表情を見ていると妙な気分になってくるので目を逸らし、食事のほうに集中する。
よく噛んで味わって、と二十分程度で食事を終えた爆豪が手を合わせて「いただきました」と言えばほぼ同じタイミングで食べ終わった名前が「お粗末さまでした〜」と破顔する。思わず可愛いと思ってしまう自分をなんとなく殴りたいような気になりながら、名前のぶんの食器も一緒に流し台に持っていく。食事をご馳走になっている分、食器の洗浄は爆豪が請け負っている。最初は名前も遠慮していたが、毎度毎度タダで食わせてもらうのも気分悪ィ、と爆豪が言えば頷かざるを得なかった。
まあそれでも、名前は律儀にも爆豪が洗った皿をキッチンペーパーで拭いて棚に戻していくのだが。さっさと部屋へでも戻ればいいとは思うけれど、しかしこうしている時間が嫌いだとは言い切れないので何も言えなかった。歯に衣着せぬ物言いが常の爆豪にだって言えないことくらいあるのだ。言うつもりがない、とも言うが。

「あ、あのね爆豪くん、そういえばお願いがあるんだけどいいかな……?」
「何だよ」
「えっとねぇ、明日の英語って小テストあったよね?ちょっと不安なんだよね、……教えてもらってもいい?」
「……まあ、良いけどよ」
「ありがとう!爆豪くん頭いいし、教えるの上手だからこれで一安心だよ〜」

ぱちん、と手を合わせながらにっこり笑う名前はもういっそあざといの一言につきた。これを狙ってやっているのだとしたら相当なクソビッチだが名前に限ってはこれを天然でやってのけるのだから恐ろしいものである。

「じゃあ爆豪くん、お部屋行こう!」
「ああ……、あ゛?」
「ん?どしたの爆豪くん」
「……部屋っつったか」
「え?うん、テキストとかお部屋にあるから」
「お前、……いや、良いわ。何かもう良いわ、お前はそれで」
「うん……?」

クラスの男子(名前は知らなかろうが自分のことを好いている男子)を部屋に招いて自ら進んで二人きりの状況を作ろうとする名前にはいくらボケボケといってもそこまでいくのかと驚愕さえする。――が、爆豪とて好きな女子の部屋に合法的に入れる機会をみすみす逃すつもりはなかった。この調子では他の男子もホイホイ部屋に招きそうだが、しかしそれは爆豪が注意深く観察していれば防ぐことができるだろう。
かくして招かれた名前の部屋は、ものすごく女子女子していた。白で統一された家具類、ベッドカバーやラグはピンクを用いている。あとはついでに、不快にならない程度に心地よく甘い香りがする。好きな女子の生活空間であると全力で主張してきているこの部屋で落ち着いて勉強を教えることなどできるのか、と爆豪が胸中で混乱状態に陥っていることなどまるで知らない名前は、英語の問題集とノートをローテーブルに広げ、爆豪にクッションを勧めてきた。

「爆豪くん座って座って!え〜っと……そうそう、ここの設問なんだけど……並び替えがちょっとわかんなくて」
「あ〜……thatの位置がおかしんだろ。この場合のthatなんか大抵関係代名詞だ」
「あ、……そっか。じゃあここで短文になって、……この前にthat?」
「ん」
「並び替え苦手だ……」
「つか和訳があんだからそれ見りゃ大体わかんだろ」
「ええ……うん、和訳するのは得意なんだけど、英訳と並び替えは苦手だ……」
「和訳できるってことは単語の意味とかイディオムは頭に入ってんだろが。あとは文法覚えりゃ良い」
「うん、がんばる!一般科目で躓いてられないもんね……!爆豪くん、暇なときでいいから、これからも教えてね」
「……しゃあねえな」

頑張り屋かよふざけんなクソ可愛いわ勘弁しろ、と爆豪は胸中で頭を抱えた。自身がらしくない思考をしていることなどもはやわかりきったことであったが、ここ最近はもう何をしていても可愛いと思ってしまう。恋の病とはよく言ったものだ。これは本気で病気に近い。
マイナスイオンのような何かと仄かに甘い香りと名前の笑顔で問答無用に癒されるあまり口元が緩みそうになるのを口内で頬肉を噛んで抑えていた爆豪だったが、しかし。

「えへへ、ありがとう!これからもよろしくね、ふふ、頼もしい先生ができちゃったなぁ……」

ガンッ、とローテーブルに頭を思いっきり打ち付けた。えっどうしたの!?とにわかに慌て出す名前に返事をしてやれる余裕などもうどこにもない。……というのに、名前ときたらここへ来てトドメをさしてくるのである。
少し冷えた手のひらを打ち付けた額の辺りにぺたりとあてがい、顔を覗き込み、「たんこぶとかできてない?」などとほざいてくる。たまったものじゃない。

「……もうお前いい加減勘弁しろ……」
「えっ、なに?」
「何でもねえわクソ……」

無知も無邪気も罪だ。許しがたい。ただ爆豪は今、間違いなく幸福であった。


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