ついでにロマンスも召し上がれ

その時、爆豪はひどく機嫌が悪かった。
とはいえそれも自業自得と言えるもので、なんてことはない。自主訓練の時間をいつもより長くとった結果、うっかり購買部が空いている時間を過ぎてしまったのである。寮生活が始まってからは食事は自分で用意しなければいけないのだが、早い話それを本当にらしくないことに失念していたわけだ。
となればコンビニ等どこか校外に買いに行く他ないわけだが、規則上1人で外出するわけには行かないため、寮に一度戻り誰かを伴って出歩くしかないのだ。腹が空腹を訴えてぐうぐうと音を立てているというのに、出歩かなければいけないのである。面倒だったが自業自得だ。クソが、と吐き捨てながら爆豪は寮への道を早足で歩く。
てっきり共有スペースに切島や上鳴など誰かしらいると踏んでいた爆豪はしかし、そこに誰もいないことに舌打ちを打つ。おまけに共有スペースには、誰かが食事の準備をしているのかいやに食欲をそそる匂いがただよっているのだ。こちとら空腹でイライラしているというのに一体誰だ、と備え付けられたキッチンに視線を向ければ、ちょうど食事を作っているらしいクラスメイト――名前の姿が確認できた。名前は視線を感じたのか顔を上げたので、そこで爆豪と目が合った。

「……あ、爆豪くん。今帰ってきたの?えへへ、おかえり〜……で、いいのかな……?」
「ンだそれ……」

確かに同じところに帰る以上それもおかしくはないのだろうけれど、何とも気の抜ける顔と声で挨拶をかましてくるものだ。

「あ、ちょうどよかったよ爆豪くん。ねえ、もうご飯食べちゃった?」
「あ?……まだ」
「わあ、よかった!ねえねえ、爆豪くんミルフィーユ鍋とか食べれる?」
「はあ?」
「テレビのCMで見て美味しそうだな〜って思って作ったんだけど……ちょっと1人じゃ食べきれない量になっちゃったんだよね、うっかり作りすぎちゃって。寮だと私の分だけでいいのすぐ忘れちゃうんだぁ……だからもしよかったら、消費するの手伝ってくれないかな?」

渡りに船、と思ったのは間違いない。食欲をそそる匂いだと思ったし、なんなら今すぐ食べたいと唾液がどんどん分泌されてくる。それに名前の誘い方も良かった。「うっかり作りすぎてしまったから手伝ってくれないか」、押し付けがましくもなく施してやるのだという気概でいるわけでもない。正直なところクラスメイトとしての印象は薄かったが、今のこれで名前の評価は爆豪の中で上がった。
「そこまで言うなら手伝ってやる」と爆豪が言うと名前はぱあっと表情を明るくして、ありがとう、と素直に感謝を述べた。なかなか悪くないな、と思う爆豪はあまりの空腹感にわりと頭が働いていなかった。
名前は爆豪に座っているように促し、持参しているらしい食器類を戸棚から取り出している。とはいえ爆豪とて感謝を覚えていないわけではないので、鍋を食卓に運ぶくらいのことはする。湯気のほかほかとたつ鍋は文句なしに美味しそうだと言えた。しかし鍋はこれはさすがに作りすぎだろ、と爆豪も思う程である。爆豪は少し無理をすれば全部食べきれるかもしれないが、名前のような見るからに少食の女子は半分も食べきれないだろうと思える量なのだ。

「ちょっと待ってね、よそっちゃうね」
「あ?」
「えっと、爆豪くんって同じお鍋つつくの大丈夫なひと?嫌かなあって思ったんだけど……」
「あー……別に、」
「そっか!えへ、よかった。1人でお鍋つつくの結構寂しいからさ」

差し出されたお椀と箸を受け取り、椅子に座った爆豪は手を合わせていただきますをした。爆豪はその辺りの躾は行き届いた不良である。名前はそれを見つつ「召し上がれー」とにこにこしている。そして自身もいただきます、と言うと鍋をつつく。

「んー、おいし〜!最近寒くなってきたし、寒い時はやっぱりお鍋だよね……」
「………」
「……あ、あれ、美味しくなかった……?」
「……いや、」

美味しい、と素直に思った。空腹が最高のスパイスだとは言うがそれを抜きにしたって食が進む。まさかこんなに美味しいとは思わなかったので少々驚いたのである。いくら美味しそうな匂いがするとはいえ作ったのは自分と同い年の女子高生。同い年が作ったものがこんなに美味しいなんてまさか思わなかったのだ。

「よくメシ作るんか」
「うん、うち共働きでさ、お父さんたち帰ってくるの遅いから。だから平日は基本私が作ってるんだ」
「へえ」
「まあだからね、寮入ることになってちょっと申し訳ないな〜って思ってるんだけど……。ごはん作れなくなっちゃったし。あと、一人分に慣れるの時間かかっちゃいそうだなって。小学生になったくらいからずっと家族のぶん作ってたから……あっ、なんかいっぱい喋っちゃってごめんね!?へへ……ごめんね。あと、ご飯食べてる時は楽しい話題がいいよね」

今日もマイク先生の授業おもしろかったね、という名前はそれが楽しい話題だと思っているようだ。まあ爆豪と名前の共通の話題など学校関連のことしかないので妥当だろう。
別にふつうだろ。そうかな、わかりやすいし途中のお話もおもしろいよ。などという会話から得意科目苦手科目の話題に移って、なぜか爆豪が名前の苦手科目を教えてやることになったりもしたが、つつがなく食事は終わった。またとない満足感である。おそらくコンビニの弁当などでは得られなかっただろうし、仮に自分で作っていたとしてもこれだけ満足のいく食事になったかどうかはわからない。

「あ、爆豪くん、シメはお雑炊だよ!食べる?」
「食う」

即答であった。もはや食べないという選択肢は爆豪の中にはなかった。つまりそれだけ美味しかったのだ。不思議なものである。あれだけ満足感があったというのに、鍋に投入されていく米を見るとまた唾液がじゅわりとわいてくるのだから。

「えへへ、お鍋のあとはお雑炊だよね〜」
「ん」
「あ。そだ、爆豪くん。また作りすぎたら食べてくれる?」
「……おう、食わせろ」
「よかった!爆豪くんいっぱい食べてくれるからすごい助かったよ〜。私シメまでしっかり食べたい派なんだけど、今日はお鍋だけでお腹いっぱいになって食べれないと思ってたから」
「作りすぎだろ、何人分だあれ」
「うーん……四人分、弱……?」
「作りすぎだろ」
「えへ……計画性のない女でして……。でも爆豪くんの空腹を満たせたなら結果オーライだよね」

きゅん。

――なんということはない。

爆豪勝己も男であるので、胃袋をガッツリ掴んでくる美味しいごはんと可愛い笑顔、それから従順そうな性格のスリーコンボには弱かった。それだけの話である。


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