その追想に捧ぐ

※原作から数年後
※夢主は死んでいます


「多分、そういう運命なんだろうね」

事も無げに、その女は言った。うすら寒い笑みを浮かべながら、全てを諦めたような目で。

彼女の個性は、『未来予知』といった。
文字通り未来を予知するのだ。それはどう足掻いても変えようのない未来だそうだ。彼女の眼に映る世界がどんなものなのかというのはついぞ俺にはわからなかったが、少なくとも、あまり幸せなものではないことだけは伺えた。もしもそれが幸せな世界であるのなら、彼女があんなふうに全てを諦めたような死んだ目をするはずがなかったのだから。
無論、不幸せな未来だけを見るのではないだろうけれど。──どんな気分だろうか、世界に訪れる何事も、予定調和じみた結論を迎えるというのは。想像しかできないが、きっと死ぬほど退屈なのだろうと思う。

「今度は何を見たんだよ」

尋ねた言葉に返答はなかった。代わりにやはりうすら寒い笑みが返され、胸の辺りに不快さが込み上げた。言わないのならば見えたことさえ言わなければ良いものをと思うが、彼女はそれを言わずには居られないのだろう。彼女の見る未来というのは、あまりにも重かった。それこそ、あの華奢で頼りない身体では抱えようのないほどに。

「何度か、未来を変えようとはしたことがあるんだよ。でも無駄だったんだ、何をしても変わらないの。私は本当に未来が見えるだけ。未来を変える個性は、私には宿ってないんだよね」
「……じゃあたとえば、」
「君は次に『俺がここでてめェを爆破しようとしたとして、てめェの見た未来にその事実がなければ爆破は不発にでもなんのか』と言う。かな?」

それは一言一句違わず、俺が言おうとしていた言葉だった。この女はよくそういうことをした。最初こそそれに対して苛立ちもあったものだが、もうそれにさえ慣れてしまったので、何を思うこともなかったけれど。

「……どうなんだよ」
「うん、その通り。そういう未来はないからね。……するつもりもないくせにねぇ、爆豪くん」

何があってもそれは訪れないだろうと自分でも断言してしまえたし、きっと彼女も、俺がそうする未来を見ることはないだろうと思った。結果として、俺のその予想は外れなかった。

「……そろそろ帰る時間だね、爆豪くん」
「あ?……ああ」
「ばいばい、爆豪くん」
「……名字、」
「また明日」
「……明日、な」

俺はこの時、この女が先ほど見た未来というものが何だったのか、何となく予想していた。──いいや、もしかしたら。もしかしたら、“先ほど”見た未来ではなかったのかもしれない。もっと以前から彼女は、その未来を見てしていたのかもしれなかった。
けれど彼女の「また明日」という言葉を信じて、その小さな背を見送った。

結論から言えば、彼女に、彼女の言うところの“明日”が訪れることはなかった。
彼女はその稀有な個性には程遠いほど在り来たりで没個性的に、交通事故で死んだらしい。即死だった、という。せめて苦しむことなく死んだのは、果たして良いことだったのか。そんな下らないことを考えるだけしかできない自分が、ひどく情けなく思えた。

彼女の死後、彼女の保護者だという人物から受け取った手紙がある。薄桃色の少女らしい封筒に、爆豪くんへ、と丸く小さい字で記されていた。
俺はその時、その手紙を開けることができずに机の引き出しにしまい込んで、ふとした折にそれを見つけるたび、開けよう開けようと思っては先延ばしにしてきた。
結局それを開ける決心がついたのは、受け取ってから実に十年ほど過ぎた頃のことだった。
二つ折りにされた便箋が数枚。開いて一番前にある便箋の一列目は、『君はこの手紙を向こう十年は開けてはくれないでしょうね』から始まっていた。ああ彼女は自分の死後の未来まで見ることができたのだなと、今更になって彼女の個性についての新情報を得た。
いろいろと書かれてはいたが、開けなかったことへの文句は書かれていなかった。彼女が亡くなってしばらくしてから俺がヘドロの敵に襲われたことを心配する言葉もあったし、雄英に通っていた頃体育祭で優勝したことを賞賛する言葉もあったし、神野の事件を案じる言葉も、またプロヒーローになったことを祝う言葉もあった。それらの文章思わず反応して言葉を漏らすと、対話でもしているかのような文章がその後に続いているので、まるであの頃に戻ったかのような錯覚を覚えた。
俺のことばかりだったその手紙の内容は、それが終わると今度は彼女自身の──個性のことになった。

『実はね、爆豪くん。誰にも言ったことはないけれど、私の個性の“未来予知”は、無差別に未来を見られるというわけではないんです。
自分のことを中心として、私が強い感情を抱いている人、私に強い感情を抱いてくれている人の未来を見られるんです。初めて見た他人の未来は、お母さんでした。お母さんの場合は90歳くらいまで健康体で生きて、老衰。そこまで見れちゃった。お父さんは、 ここまで詳しく話すこともないか。私の家族のことなんて、知っても仕方ないだろうから。
爆豪くん。その疑問に、答えましょう。』

疑問。
俺の頭の中にある疑問は今、ただひとつだった。
彼女が強い感情を抱いている人、彼女に強い感情を抱いてくれている人の、未来が見られる。そうだというのであれば、彼女がこうも俺の未来を──俺からすれば過去ではあるが──事細かに書くことができた、理由は。

『私、爆豪くんのことが大好きなんです。
改めてこんなことを書くと少し、照れるけど。でも、本心です。生まれて初めての告白が死んでからになるなんて思わなかったな。……これ、生まれて初めて、っていうんでしょうか?
……疑問に答えましょう、なんて偉そうなことを言いましたが、実はわからないことがあるんです。未来を見られたとしても、人の感情の度合いが測れるわけではないから。
ねえ、爆豪くん。私が爆豪くんの未来をこんなにも仔細に見ることができたのは、』
「……俺が、てめェのことを、好きだからだよ」

それ以外の何がある。
10年も前だ。仲が良かったと言い切れる程度ではあるが、それでも中学時代、彼女と四六時中一緒にいたというわけではない。週に数回話して、毎日登校時と下校時に挨拶をする程度。ただそれだけの関係の女が意味深な会話をしたあとに死んだところで、俺の記憶からこうも消えないなんてそんなはずはないのだ。
結局のところ、俺は。あの10年前からずっとこの女を好きでい続けたということになる。

『生まれて初めての両思いが、死んでからになるなんて思いませんでした。……ううん、私、知ってたんです。爆豪くんが私のことを好きだって。未来が、見えるので。爆豪くんにとってのこの瞬間を、爆豪くんからして10年前に、私は知っていたから。』
「先に言えや」
『そういう未来が、なかったから。言えなかったんです。爆豪くん、あの時照れ隠しだとかで私のこと振らなかった、って断言できますか?』
「できねえな」
『ほら、やっぱり。だから言えなかったんです。両思いだってわかっているのに、失恋するなんて悲しいじゃないですか。……あのね、爆豪くん。』

そこが便箋の最後の行で、次の便箋が最後だ。最後の便箋には、それまでたくさん書いてあったのが嘘のように簡素な文章のみが鎮座していた。

『私のことを好きになってくれて、ありがとう。爆豪くんのことを好きになれて良かった。……だから私のことは、どうか忘れてね。』

馬鹿な、女だ。
その一言で忘れられるくらいなら、10年間も死んだ女を想ってなどいないのだ。
文字列がじわじわと歪んでいくその原因は、一つだけ。

──俺は実のところ、彼女が死んだことに対して泣いたことは一度もなかった。
彼女の通夜には参列したものの、その死に顔は見ていない。額縁に飾られた淡い笑みに向けて焼香をあげただけだ。どこか現実味がなかった。教室内のあいつの机にはしばらく花が手向けられていたが、数週間もすればそれもなくなる。彼女がそこにいない、その事実を、死と結び付けることが俺はできなかった。したくなかった、とも言えるか。
……だから。

「……名字」

名字が死んだことを今になって実感しているなんて、馬鹿だと思うだろうか。生憎手紙はもう続きが書かれていなかったから、彼女が何を考えていたのかはわからないが。
好きだからだと言った。過去形にできなかった。
ああ、感情を測れないというのはその通りだ。これを書いていたのがいつかは知らないし、これを書いていた時点でどこまで見えていたのかも知らない。ただ、未来が見えると言ってもそれだけだ、人の感情が見えるわけではない。1人の時でさえあいつの名前を口に出すことなどなかったのだから。

「なあ、お前、いつまでの俺を知ってんだよ。どうせこの先のこともわかってんだろ。もし、わかってねえなら、俺が忘れるまで、せいぜいちゃんと見てろ」

この先のことなど俺にはわからない。ただ、それでも。彼女のことだけは、俺の頭にずっと、残り続けていくのだろうと思う。この10年、彼女のことを忘れられなかったように。
いつか。もしもいつか、再び彼女に会うことができたのならば──その時は言ってやるのだ。懐かしいその顔を見ながら、言えなかった言葉を、全て。


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