絶えないロマンスを君と

爆豪は実のところさほど寝起きが良いほうではない。平日、仕事のある日には寝坊などせず、アラームがなくともいつでも同じ時間に起きるが、休日には起こさない限り昼まで寝ているなんてザラにある話だった。しかしここ数年は、それも改善傾向にある。
爆豪の休日の朝は、耳に心地よい柔らかな声から始まるのだ。

「勝己くん、朝ごはんできてるよ〜」

肩あたりに添えられた手が体を揺すってくる。唸りつつぼんやり目をあけると、徐々にはっきりしていく視界に、既に見慣れた呑気そうな顔が見えた。
爆豪が身体を起こすと、彼女――名前は「おはよう」と笑顔で告げた。それに挨拶を返すと、名前は満足そうに笑って、「顔洗ってきてね」と言いリビングに戻っていく。
ここ数年、既に幾度も見て聞いた光景である。
華奢な背中を見送りつつ、爆豪は一度ぐっと伸びをしてベッドから降りる。今日の朝食は和食のようだ。味噌汁のいい匂いが鼻腔をくすぐり、空腹を訴えて腹の虫が鳴る。洗面所で顔を洗って幾分かすっきりした頭でリビングに戻ると、何が楽しいんだか鼻歌交じりにお椀に米をよそっている名前が視界に入る。楽しそうな背中は思わず抱き締めたくなるようなそれだったが、以前食事をよそっている最中にそれをしたら驚いた名前が茶碗を落とし床に茶碗の破片と炊きたての米が散乱するというちょっとした惨事を引き起こしてしまって以来、爆豪はそれをしていない。それに、今じゃなくてもそれはできる。

「皿運ぶぞ」
「あ、うん。お願いしまぁす」
「ん」

食卓に朝食が出揃うと、2人で向かい合って食前の挨拶をする。相変わらず美味しい食事に舌鼓を打ちつつ幸せそうに食事をする名前を眺める余裕さえ昨今は出てきた。今思い出すと壁に頭を打ち付けつつ「死ね!!」と叫び出したくなる程度には純情を拗らせていた高校時代が懐かしいくらいだ。あの頃は少女漫画もかくやな程のことをしていたような記憶がある。

「ねえねえ、今日映画観に行かない?」
「あー……観てえっつってたやつか」
「うん!休みがかぶるの久しぶりだから一緒に観に行きたいなって……ダメ?」
「別に」
「やった!あ、帰り買い物してこうね。卵なくなっちゃったんだ」
「おー」

高校時代、爆豪と名前は付き合い始めた。爆豪の片想いから始まった――というと意外に取られることも多いが――それだったが、思えばさしてこれ・・関連で苦労した覚えはない。あったといえば、名前がヒーロー科にいる割にあまりに無防備すぎて純情な感情が空回りしまくったことくらいだろうか。雄英が寮制になってから好きになって、付き合い始めたのはそれから数ヵ月後、進級してからだ。生来素直でない性格が災いして伝えるのに時間がかかったような覚えはあるが、その辺りも苦労であるといえばそうなのかもしれない。後に聞いた話では、爆豪と名前以外のクラスメイトは大抵2人がとっくに両思いだったことに気付いていたらしい。
やっとくっついたんかお前ら、などと上鳴に言われたことが記憶に残っている。
物思いに耽っていると、朝のニュース番組を見ていた名前がふと思いついたように爆豪を見た。

「今日のお昼、映画館の近くに新しくできたオムライスのお店行きたいんだけど、いい?」
「……そんなんできてたか?」
「うん。三奈ちゃんと透ちゃんが美味しいって言ってて、気になってたんだ〜」
「……ああ、黒目と透明か」
「うん。……勝己くんまだ名前覚えてないの?」
「うっせ、覚えてるわ」
「もー……」

さすがに三年間も同じ学校にいた同窓を覚えていないとは言わない。中学時代の同窓は曖昧だが、しかしそれは爆豪にとって彼らがモブだったからだ。高校時代のキャラの濃いメンツをそうそう忘れることなどできないだろう――不本意ながら、友情とかいうものを築いてしまってもいるし。ただまあ、爆豪がついぞ呼ぶ機会がないファーストネームを出されると若干考えることもあるというだけで。特に最近は、ヒーローネームのほうが聞く機会が多い。

「勝己くん、何食べたい?なんかねぇ、辛いのもあるんだって」
「へえ……」
「……あんまり興味ない感じ?」
「おまえの味に慣れすぎてんだよ。他はどこで食ったって同じだわ」
「え、え〜……?照れるなあ……えへへ」

照れるとへらりと笑うところは高校時代からまったく変わらないし、爆豪はこの笑顔に惚れたし、今になってもこの笑顔には弱い。高校時代のようにどきまぎすることこそなくなったけれど。
話しつつも食べ勧めていたため、今朝も絶妙に爆豪の好みの味である食事を終え、皿を重ねて流しに持っていく。出かけるのは昼前だろう。緊急で呼び出しがかからないことを頭の隅で願いつつ、爆豪は皿を洗っていく。寮生活をしていた時から同棲を始めた今に至るまで変わらない習慣だ。食事担当は名前、食器洗い担当は爆豪。名前ももう今となっては遠慮なく任せている次第である。
そろそろ最後の皿を洗い終える、という時になって、「かーつきくんっ」と弾んだ声とともに、ぽふんと小さな衝撃を背中に感じた。
下を見れば細い腕が胸あたりでクロスしている。それから背中に柔らかい感触があるではないか。
十中八九、名前が抱きついてきたのだろう。
先ほど爆豪は我慢したというのに、この暴力的なまでに可愛い彼女は我慢をしなかったのだ。惚れた弱みなどとはよく言うが、爆豪は本当にこの、自分より数倍は弱っちいだろう彼女にだけはどうしても敵う気がしなかった。グッと奥歯を噛み締めて堪える、この一連の動作を一体何度やってきたかなどもう数えるだけ無駄だった。
今手が泡にまみれてさえいなければ、振り向いて思い切り抱きしめ返しただろうに。

「ふふふー、勝己くんの背中は安定感がありますな〜」
「……そうかよ」
「うん」

洗い終えた皿の泡を流し、一度手を洗ってタオルで拭うと、胸の前にある腕を解いて振り返る。目を丸くする名前を真正面から抱き締めると、楽しげに笑う声が下から聞こえてくる。

「……何がそんなに楽しんだよてめェはよ」
「んん〜?んふふ、お休みっていいねえ」
「答えになってねんだよ」
「いたたた、苦しいよ勝己くん」
「で?」
「えっとね、いつも朝は一緒にごはん食べるようにしてるけど、こうやってゆっくりはできないから、お休みの日ってこうやってゆっくりできてなんか嬉しいんだよね〜……いたたた!なんでもっと力入れるの!」
「うっせ!」

朝っぱらから何馬鹿やってんだろなマジで、と爆豪は思いつつ、今日も爆豪は幸せである。腕の中にすっぽり収まる大きさの幸せの根源を抱き込みながら爆豪は、今日の夕飯はミルフィーユ鍋が良い、と、昼食のことをすっとばしてぼんやり考えるのだった。


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