森の中でサトシを拾った。


 腕の中には気を失ったピカチュウ。
 側には崖があり、体の下には木の枝と葉が散乱している。
 ピカチュウは気を失っているだけだが、サトシの方はそれに加えて傷だらけだ。だが呼吸も問題なく大きな怪我も無いようで、ほっと胸をなで下ろす。

 …この状況。
 ピカチュウを庇って――もしくは後を追って、崖を飛び降りた。……そんなところだろう。
 これは“落ちた”という感じゃあない。

 サトシはどのポケモンに対しても異常なほど愛情をかけるが、ピカチュウに関しては別格だ。ピカチュウが傷つけられようものなら迷うことなく自分を盾にして庇い、ピカチュウが落ちようものなら追って飛び降りる。
 ピカチュウは、彼の命より大切にされている彼の命だからだ。


「…相変わらず無茶するね、サートシ君は」

 気を失っているサトシに、届かないとはわかっていても言わずにはいられなかった。
 本当に、無茶のしすぎだ。
 人間の体は戦うようには出来ていない。ポケモンのように攻撃を受けるなんて無茶もいいところだし、崖から飛び降りるなんて以ての外だ。ポケモンでさえ、下手をすれば命を落としかねないというのに。

 けれどサトシは、何の迷いも躊躇もなく、それをする。してしまう。
 何度注意しても聞きやしない。
 彼の頭からは、ネジが数本抜けているのかもしれない。

「ほんと…馬鹿だね。」






 幸い近くにポケモンセンターがあることを思い出し、目覚めないサトシとピカチュウを抱えてそこまで歩いた。
 ジョーイさんとサトシの怪我を手当し、ピカチュウも大事をとって一晩入院となった。
 サトシの連れにも連絡が取れた。明日の朝には合流できるだろう。



 真っ暗な部屋の中、今は二人きりだ。
 サトシは眠ったままで、ポケモンもいない。しんと静まり返った、部屋。

 サトシの顔にかかる黒髪を軽く梳く。けれど身じろぎ一つしない。
 いつも騒がしいのが嘘のように――まるで死んだように、サトシは眠っている。

「心配する方の身にもなりなよ…全く」

 倒れている君を見つけたとき、僕がどんな気持ちだったか、解るかい?本当に、心臓が止まるかと思った。

 心の中で呟きながら、指先で髪を梳き続ける。
 せっかく元々は綺麗な髪なのに、手入れをしていないせいで絡まり放題のぼさぼさだ。まあ、それもサトシらしいけれど。

「…無茶するな、なんて無理だろうけどね」

 周りに心配をかけないサトシなど、想像できない。
 それに、心配をかけなければかけないで、逆にどうしたのか心配になる気もする。


「せめてもう少し、自分を大事にしてくれよ…」


 サトシはきっと、自分の価値が分かっていない。

 ピカチュウや彼のポケモンたち、旅の仲間、……僕。
 皆にとってどれだけ大切か。必要としているか。
 本人が思っているよりもずっとずっと、自分たちはサトシに支えられている。
 きらきらと、太陽みたいな、この子に。


(……連れが来るまでに起きなかったら、このまま攫って行っちゃおうかなぁ)


 ぼんやりと、けれどわりと本気でそんな事を考えながら、サトシの寝顔を眺めた。
 彼はすやすやと、こちらの想いなど知る由もなく眠っている。

 やれやれ。小さくため息をついて立ち上がる。
 もしサトシが起きても大丈夫なように、食事を用意してこよう。きっと、腹を空かせているはずだ。

 備え付けのレストランに行くためドアノブに手をかけたところで、一度振り返る。
 やはり、目覚める気配はまだ無い。

「…静かなのは寝ているときだけだね」

 小さく笑い、ノブをひねる。
 廊下は電気がついていて明るくて、一瞬目を細めた。

「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」

 返事はもちろん返らない。
 分かってはいたけれど少し寂しさを感じながら、部屋を出て扉を閉めた。










「…普段は静かじゃなくて悪かったな、ちくしょう」


2008.9.4 収納

日記ログ。

たまにはちゃんとシゲサトしてみようと思った。
んだけど、結局なんか違うような。
シゲサト、好きだけど難しい…サトシがピカ厨なのがいけないのか。

/ひろいもの
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