ぶつかる蒼と朱。はじける光。 その瞬間見たのは、よく見知った、見間違うはずない姿。 その人は悲痛な声で叫びながら、ぶつかる寸前の光の中へと消えた。 巻き起こった風で視界が閉ざされる。何も見えない。 轟音に邪魔されて声も聞こえなくなった。 ――どこにいるの? 「ピカピ…!!」 そこで、映像は途切れた。 代りに見えたのは、心配そうに覗き込むサトシの顔。 「大丈夫か?うなされてたぞ?」 そう言って、やさしく、あやすように頭を撫でてくれる。あたたかい手。 タケシやカスミの手もあたたかくてやさしくて好きだけれど、サトシの手がいちばん大好き。 ついさっきまで見ていた夢を忘れさせてくれるほど、涙が出るほど、あたたかくて愛しい、小さいけれど大きな手。 サトシはこの手で、たくさんのポケモン達を愛してきた。 今までそうだったし、これからもきっとそうだと、何の根拠もないけれどそう思う。 だって誰よりも近くで自分は彼を見てきたのだから。 ぼくは、あの雨の日に誓った。 側にずっといると、守ると、決めていた。 それはサトシを好きになったからでもあるし、恩を返すためでもあるし、自分が彼の隣にずっと一緒にいたいからでもあるし…理由を挙げればきりがない。彼が与えてくれたもの、してくれたこと、とても全部なんか表せないから。 サトシは自分にとって無くてはならない存在で、もし彼の隣にいられなくなったら――彼がいなくなってしまったら、自分も死んでしまうと思う。 一言で言うなら、そう、 サトシはぼくの『 世 界 』だ。 「 あ な た が い る か ら 世 界 が あ る の 。 」 ママさんがサトシにそう言った。 ぼくたちはサトシと世界を救えるのが誇らしくて、あの荒れ狂う海と空の中に飛び込んだ。 冷気が海を凍らせ、炎が氷を溶かし、雷が海を吹き上げる。そんな直中にサトシを連れ出した。 世界を救う事はできたけれど―― 一歩間違えばサトシは死んでいたかもしれない。 ルギアやロケット団やカスミの助けが無ければ、戻って来ることもできなかったかもしれない。 サトシの世界は、壊れていたかもしれない。 その事に、ママさんの言葉で今更思い至った。 だってサトシは、ポケモンのように電撃を出したり空を飛んだりなんかできない。彼はトレーナーで、人間だから。 ポケモンの技を人間が受けるのは、危険だ。ましてや神と称されるほどのポケモンからの攻撃なんて、一撃でも食らってしまえばひとたまりもない。 そんな当たり前のことをぼくらは、ぼくは、その時まで気付くことが出来なかった。 夢の中で、サトシは、動かなくなっていた。 石のように固まって、揺すっても電撃を浴びせてもぴくりとも動かない。 いつもありったけの愛情と一緒に名前を呼んでくれる唇からも、吐息すら上がらない。 見開かれた大きな瞳にも、何も映さない。 頭を撫でてくれるあたたかな手も、ぞっとする程冷たかった。 夢だ。 あんなのは、悪い夢。 どんなにあの痛みが、恐怖が、触れた冷たさがこの手に残っていたって、あれは。 (だって、サトシはいまもこうしてぼくのまえにいるんだから、) だから夢に違いない。現実なわけが、ない。 あの夢が現実に起きたようにリアルだったから、こんなに怖くて不安なだけなんだ。 今もふわふわと彼の手が頭を撫でている。 普段はカスミにうるさいとかやかましいとか言われるけれど、こういう時のサトシは本当に静かで。やさしく、やさしく、撫でてくれる。 そうだ。あれは夢。 彼がいるこの事実が現実だ。 だって、自分もここにこうしているんだから。 (そうだ、サトシがいなくなってたら、ぼくだっているはずない) (だって、世界が壊れてしまうんだもの) (サトシの世界がなくなったら、ぼくの世界もなくなるんだ) (だから、) (あれは夢で、サトシはここにいて、これからもずうっと一緒だよね?) 言葉はサトシには伝えられないけれど、せめて気持ちは伝わってほしくて、なでる手に頭をすり寄せた。 (ごめんね、サトシ。) (怖かったよね。不安だったよね。) (なのに戦わせてごめんね。) (今度は、ちゃんと守るから。) あの悪夢が、ほんとうではありませんように。 何よりも誰よりも大切な彼を、まもれますように。 祈りながら、ぼくは目を閉じた。 (ぼくもかれも、いちどせかいをうしなっているのをしらない) 2008.9.4 収納 日記ログ。 確か字幕で「ぼく」だった、はず。 ハナコママのあのセリフが大好きで、切ない。 サトシの世界は一度、確かに失われている。 あと、氷の宝を取りに行けって言われたときサトシが戸惑って躊躇したのが、なんだか印象的だった爆誕。 あんな風に恐怖と不安を感じたり、迷ったりするサトシって、珍しいですよね? 二度目の世界 |