05
『やっと見つけたぞ、カルボウ。
……む、気を失っているのか。あの程度で音を上げるとは、我が息子ながら不甲斐ない』
大勢いるポケモンたちを掻き分けるようにして姿を現した、1つの影。
顔つきはカルボウとよく似ているけれど、肩や腕を覆う黄色の鎧が特徴的なポケモンだった。
そのポケモンは私の腕にいるカルボウに目を止めると、ため息を吐きながらふるふると首を振る。
この子の親が迎えに来てくれたのかと安堵したのも束の間、私はその後に続けられた言葉に違和感を感じていた。
「あなたは……この子の父親かしら?」
声の低さから聞いても、あのポケモンが男性……もといオスの個体であろうことは想像がついた。
私の質問に、彼は一言"そうだ"とだけ返す。はぐれた子どもを迎えに来たと言うには、あまりに物々しい。
『お前は……人間か。愚息を見つけてくれたこと、感謝する』
『そういうお前は、グレンアルマだろ? 満身創痍のカルボウを迎えに来ただけにしては、随分な様相だな』
『トレーニング中に逃げ出されてな。隠れるのだけは上手い故、探すのに骨が折れたぞ。
さぁ、そのカルボウを渡してもらおうか』
「……」
すぐに頷くことはできなかった。何故ならグレンアルマと呼ばれたポケモンの後ろにいるポケモンたちが、私たちの方を見ながら臨戦態勢に入っているから。
断った瞬間に総攻撃でも掛けられそうな雰囲気を感じて、思わず息を飲んだ。
『……おい』
私の隣にいた佑真が、目線をグレンアルマに向けたまま小さな声で私に話しかけてくる。
すると彼は、"そのカルボウを渡すな"と言ってきた。
私も彼と同じ気持ち。もしこの場で引き渡したら、カルボウにとって良くないことが起こる気がする。
「……その要求は飲めないわ」
『ほぅ? 何故だ?』
「簡単なことよ。この子がこんなにも傷だらけにも関わらず、あなたは我が子を心配すらしない。
それに……トレーニングだと言うけれど、それならどうしてこの子はボロボロになっているの?
立っていることすらままならないほど追い詰められているだなんておかしいわ」
『……言いたいことはそれだけか?』
「何ですって……?」
『出来の悪い息子を持つというのは難儀なものだ。
黙って私の言う通りにしていれば……。私の言葉に従っていれば良いものを、"自分の道は自分で決めたい"などとほざきおって』
「……ッ!」
グレンアルマの言葉に、思わず耳を疑う。そして……お腹の奥底でフツフツと煮えたぎるものを感じた。
彼はカルボウに……自分の主義主張を押し付けているだけ。きっとこの子の意思を聞くつもりなんて最初から無い。
全身の傷も……彼らに付けられたものなんだわ。
「今の話を聞いて決心がついたわ、グレンアルマ……」
『話が早くて助かる。ではカルボウを……』
「いいえ、あなたにカルボウは渡さない。
人にだってポケモンにだって、自分の夢を自分で見つける権利がある。"こうありたい"と願う権利がある。
この子は……カルボウはあなたの"操り人形"ではないわ!」
今だけは、大声を出してはしたない……だなんて言っていられない。
グレンアルマに怒りをぶつける私の剣幕に、彼に従っているポケモンたちがたじろぐのが見える。
でも……当の本人であるグレンアルマは、スッと目を細めながら私を睨んだ。
『……交渉は決裂か。ならば仕方あるまい、力ずくで連れ戻すまでだ』
グレンアルマの目が青く光り、私はその場に縫い付けられたように動けなくなる。
この技は確か……サイコキネシス!
「シオン!」
「大丈夫よ、若葉! 佑真、グレンアルマに頭突き!」
佑真が勢い良く飛び掛かっていき、グレンアルマの頭部を狙う。
けれど……佑真の体は容易く地面に叩き付けられ、2転3転しながら転がってくる。
更にはグレンアルマが撃ち出した青白い光の玉を顔面から受けてしまった。
「佑真!」
『ぐっ……! ……くそっ……波導弾が、使えるのか……』
『炎タイプの私に岩タイプをぶつけてきたことは褒めてやろう、人間の娘。
だが……お前たちでは私に勝てない。このサイコキネシスすら振り払えぬようではな』
サイコキネシスで私を拘束しながら、佑真の攻撃を軽々といなす。
そんな器用な戦い方をするポケモンを、私は今までに見たことが無かった。
思い返せば、今まで私がしてきたバトルは明確なルールの下で行われるもの。
けれど人間が取り決めたルールなんて、野生のポケモンとのバトルにおいては関係ないのだ。
それは彼らが……"自然界で生きているポケモン"たちだから。人間のそばで暮らしているポケモンたちとは、戦う意味の前提が違うのだろう。
彼らは"生きるために戦う"。私のように……戦いを知らない、温室育ちの世間知らずではないのだ。
グレンアルマが再び青白い光の玉を撃ち出そうとしているのが見える。
自分の身を襲うであろう衝撃を前に、私は佑真とカルボウを守るように身をかがめた。
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