06
「う、……っ……いたたた……」
頭を打っていないことを確認して、ゆっくりと体を起こす。
外傷は……腕にすり傷。骨折とか大きな怪我をしなかったみたいなのは良かったけれど、制服が随分と汚れてしまった。
戻ったらメイド……ではなく、ちゃんと自分で洗濯しなくちゃ。
「えっと……ここは?」
目の前には大小様々な池が点在していて、そこに暮らすポケモンたちが近くを歩いているのが見えるけれど……。
とにかく、今は自分の状況を把握しなければならない。
そう思ってポケットに手を入れた瞬間、サッと血の気が引いた。
さっき下ろしたカバンの中に、スマホロトムを入れっぱなしなのを忘れていたのだ。
「ど、どうしよう……。ここがどこなのかも分からないし、若葉たちが気付いてくれたら良いけど……」
『……おい』
大声を出すのは……やっぱりはしたないというか、何となく私が恥ずかしいので除外する。
「まだ一緒に遊んでるのかしら? 遠くに行かないように言ってあるから、大丈夫だとは思うのだけど……」
『おい』
「若葉たちが気付いてくれるまで待つしかないわよね。……長く掛かるのかしら」
『おい、お前』
「は、はいっ!?」
突然聞こえてきたバリトンボイスに、肩がビクリと跳ねる。
私の近くに、何かがちょこんと立って(?)いた。
「ど、どなた……?」
『それは俺のセリフだ。叫び声が聞こえたから来てみれば……。
なんだってこんなとこに座り込んでる?』
全体的に少しゴツゴツしているけれど、まるでマッシュルームような丸みのある頭。四角くて白い顔。
その中央では琥珀色の瞳が私を見ている。
この子の形……どこかで見たような……。あっ!
「あなたもしかして、"コジオ"ってポケモン?」
『? ……まぁ、そう呼ばれてるな』
「やっぱり……!」
テーブルシティで食べた"コジオソルト"のアイスクリーム、それに似てるんだわ。
……いや、それは置いておくとして。この辺りで暮らしてるなら、道を知っているかも。
「実はさっき、小さいポケモンたちに驚かされたの……。
その弾みで足を滑らせてしまって……」
『……ドラメシヤか』
コジオは私の話に心当たりがあるらしく、ハァと小さくため息をついた。
さっきの子たち、ドラメシヤっていうのね……。
『アイツらに限らず、ゴーストタイプはイタズラ好きが多い。次からはよく警戒することだ』
「ゴースト、タイプ……」
まだ生物学の講義で聞いたことのないタイプだ。
ゴーストというからには壁をすり抜けるとか、そんな特徴があるのかしら?
現にさっきは何もないところから突然現れたのだし。
でもひとまず、今はそれも置いておく。それより早く上に上がって若葉たちを探さないと。
「そうだ。あなた、ニャオハを……痛っ!」
立ち上がろうとすると同時に、右足首に痛みが走る。
もしかしなくても、さっき落ちた時に……?
『足を痛めたのか』
「そう、みたい……」
この痛みだといつものように歩くのは少し難しいかもしれない。
幸い、落ちたのは池のすぐ側。せめてもの応急処置として足を冷やした。
救急セットも一応持ち歩いているけれど、それもカバンの中にある。
本当はこの後、湿布を貼ってテーピングするのが良いのだろうけれど……。
何もしないよりはマシだろうと、ひとまずそう結論付けることにする。
するとコジオがいきなり、私に向かって何かの粉末のようなものを振りかけた。
「キャッ!? な、何をするの!」
『別に変なものじゃない。魔除けくらいにはなるだろ』
「魔除け、って……しょっぱい!」
唇に付いていたらしいその粉末を舐め取ってしまい、塩味に顔を歪める。
もしかしてこれ、塩……?
(あ、そういえば……)
コジオは貴重な塩を分けてくれる存在として大切にされてきた、って図鑑アプリに書いてあった。
さっき彼も"魔除け"って言ってたし、お清めの塩の感覚で振りかけてくれたんだろうか。
「あ、あの……ありが」
『あっ、見つけた!』
突如として聞こえてきた声に、私とコジオは上を見上げる。
若葉たちが気付いて来てくれたのかと思ったけれど、そこにいたのはさっきのポケモン……ドラメシヤたちだった。
『ゴメンね、まさかあんなに驚くとは思わなくて……』
『場所をもう少し考えれば良かったよ……』
「うぅん、私もボーッとしていたから気にしないで。
でも……イタズラはほどほどにね」
『はーい。優しい子で良かったー。
この前シシコにイタズラした時は、怒ったカエンジシに追いかけ回されたからさー』
「本当に……ほどほどにね。
それよりあなたたち、この辺りでわか……ニャオハを見なかった? 紫色のポケモンも一緒だったと思うのだけど」
ドラメシヤたちは首を傾げながら、見ていないと言う。
まだ私がいなくなったことに気が付いていないのかもしれない。
『そのニャオハと紫のって、君のポケモン?』
「えぇ、そうよ」
『なんだぁ。オレてっきり後ろの……ゲッ』
ドラメシヤたちが私を……正確には私の背後を見て嫌そうな顔をする。
その視線を辿ると、そこにはコジオの姿しか無かった。
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