02
「シオンお嬢様、お迎えに上がりました」
「ありがとう、じいや」
最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
カバンに教科書やノートをしまい終えるのと、迎えが来るのはほぼ同時だった。
私はシオン。私立の女子高に通う高校生だ。
お父様はうちの財閥の当主で、普段はとある総合病院の院長を務めている。
そして、お母様は大手製薬会社の女社長。
自分で言うのは気が引けるが……詰まるところ、"良いとこのお嬢様"なのである。
スッと当たり前のようにカバンを持ってくれるじいやを連れて廊下を歩く。
すると向かい側からクラスメイトの子たちが何人か歩いてくるのが見えた。
「あら、シオンさん。もうお帰りですの?」
「私たち、これからカレンさんのお屋敷でお茶会をするのですけど……。
よろしければシオンさんもいかが?」
「それは良いですわね。あなたとは色々お話をしてみたいと思っていましたのよ」
ニコニコと、それでいて淑やかさを併せ持つ彼女たちの笑顔に思わず目を細める。
(とても楽しそうだわ……。だけど……)
誘ってくれたのは素直に嬉しかった。でも私は、"浮いている"から。
それに生憎、今日はもうスケジュールがいっぱいだった。
「お誘いありがとうございます。でも今日は習い事のレッスンがありますので……」
「そう……それは残念ですわ。また機会があれば、そのときは是非ご一緒しましょう?」
「えぇ、楽しみにしていますわ。それでは、ごきげんよう」
ごきげんようと返してくれるクラスメイトたちに背を向け、学生用玄関へと向かう。
迎えの車に乗って、私は小さく息をついた。
「……じいや、この後のスケジュールは?」
「4時よりバイオリンのレッスン、その後は社交ダンスのレッスンにございます」
「……"息をつく暇も無い"っていうのは、こういうことを言うのかしらね」
「お嬢様、これもあなた様が立派なレディーになられるためでございますよ」
「大丈夫よ、分かっているから」
お父様もお母様も、ゆくゆくは私に家を継がせる気でいる。
他の名家や財閥が主催するパーティーに招待されることも増えてきたし、社交の場のマナーは身につけて然るべきものだから。
車窓から流れる景色をボンヤリと眺めているうちに屋敷へ到着する。
メイドたちに出迎えられながら自分の部屋へと向かい、ゆっくりとソファーに腰掛けた。
(テーブルマナーにバイオリン、社交ダンス……そして、この家の後継としての心構え……。
毎日毎日過密スケジュール……本当に嫌になるわ)
お父様とお母様のことは嫌いではないけれど、眠る時以外にも自由な時間が欲しいと思ってしまう。
そうしたら、今日誘われたお茶会にだって参加できたのに。
時々近所の子どもたちの笑う声が、外から聞こえてくることもある。
私もあんな風に年の近い子たちと遊んでみたい。
(この窮屈な生活から抜け出せたら……。
誰か私をここから連れ出してくれないかしら……なんて)
ありもしないことを心の中で呟いた瞬間、突然部屋の窓が開いて強風が舞い込む。
思わず目を閉じると、全身が浮遊感に包まれた。
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