05
ランチのお片付けをして、優慈おじ様の露店の前まで戻ってくる。
差し入れのピンチョスを渡すと、"ちょうど軽食を買いに行こうと思っていた"と言って喜んでくれた。
お店の方は大盛況で終わったらしく、持って来ていたアクセサリーも完売したそうだ。
店じまいのお手伝いをしている間に、お祭りも終わりの時間が近づいてくる。
人の姿がまばらになり、赤い夕日が町を優しく照らしていた。
「収穫祭は楽しかったかい、シオン?」
「はい、とても。若葉たちは疲れたのか、今はボールの中で眠っていますけど」
「疲れたというよりは、"はしゃぎ過ぎた"の方が正しいかもしれんがな」
フゥ……と小さく息をつきながら肩を回した佑真に、思わず苦笑いが零れる。
今日はほぼ1日陽斗を肩車していたのだ。彼も疲れが溜まっているだろう。
「そうだわ。佑真、ホテルに戻ったらあなたのお塩を少し分けてもらえる?」
「……? 別に構わんが、何に使うんだ?」
「岩塩を適量入れたお風呂には、疲労回復効果があるそうよ。塩風呂って言うのですって」
「あぁ、確かに。1日中肩に陽斗を乗せていたんだし、疲れを取るには有効的だと思うよ。
発汗作用で体内の老廃物や毒素を流してくれる効果もあるそうだから、美肌にも良いと聞いたことがあるね」
「塩風呂か……。
原型だと水は天敵だが、擬人化できる今なら悪くないかもな」
コジオという種族柄なのか、それとも"塩風呂"が気になるのか。
理由はどうあれ乗り気になってくれたようで一安心する。
佑真は擬人化を解くと、"俺も少し寝る"と言ってボールへと戻っていった。
「あぁ、そうだ。シオン、君はピアスホールを開けていたりするのかな?」
突然別の話題に切り替えた優慈おじ様に、思わず小首を傾げる。
ピアスを着けたことが無いと言うと、彼は"それならちょうど良かった"と笑う。
そしてズボンのポケットから、何か小さな袋を取り出して私の手の上に乗せた。
「……おじ様、これは?」
「開けてみてごらん」
おじ様にそう言われ、再び手元の小袋に視線を落とす。
丁寧にラッピングされたそれを開けると、中には小さなイヤリングが入っていた。
白い花のパーツの下で、2つのオリーブグリーンの丸い石が小さく揺れるデザイン。オリーブの花と実を模していることは想像に難くない。
「フフッ、本当にオリーブがモチーフですのね。……でも、とても素敵なデザインだと思います」
「良かった。では、それは君に」
「えっ!? そ、そんな……代金はきちんとお支払いしますわ!
私1人だけ無償で譲っていただくなんて……」
「良いんだ、"お近づきの印に"というやつだよ。
……あ、でも僕みたいなおじさんからのプレゼントは嫌だったかな」
「い、いえ! 決して嫌ではないのですけれど……本当によろしいの?」
「もちろん。それは他でもない、"君のために"と作ったものだ。
イヤリングやピアスのルーツは"魔除け"だと言われている。お守り代わりにしてくれたら、僕も嬉しいよ」
「そこまで仰るなら……。ありがとうございます、大切にしますわ」
ニコリと微笑んだおじ様の手が、私の頭を撫でる。
とても暖かくて、優しい手。何故かは分からないけれど、とても落ち着く気がした。
「……あの、おじ様。1つお聞きしてもよろしくて?」
「何だい?」
「おじ様は……どうして初対面の私に、こんなに良くしてくださるの?」
「それは……」
表情が先程と変わって、今度は困ったような笑顔になる。
どこか物憂げなような、見ていると胸がキュッと苦しくなるような……そんな笑顔だった。
「……ごめんね。今はまだ秘密だよ。
でもこれだけは信じて欲しい。僕はこれからもずっと、君の成長を見守っていると。
君たちに……君に本当の僕を明かしても良いと思える時が来たら、その時に話してあげよう。
さぁ、そろそろ暗くなる。ホテルに戻ろうか」
「えっ? あ……お待ちになって、おじ様!」
ホテルへと歩き始めた優慈おじ様に、1拍遅れながらもその背中を追い掛ける。
そんな私を背にした彼が"次こそは必ず守ってみせる……"と呟いたことを、今の私は知らない。
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