07



「ふーっ……流石に疲れた」


列車から降りて草むらや沼地に住んでいるポケモンと戯れて、一息。いつの間にか空がオレンジ色に染まっていて、体験の終了時刻が近付いてきていた。大湿原の高台に登って、夕焼け空を眺めながら触れ合ったポケモンたちを振り返る。
ウパー、グレッグル、マスキッパ、ヤンヤンマ、マリル……他にもたくさんのポケモンがいたけど、流石に種類が多くて全部覚えきれなかった。


「あ、ハル!ここにいたんだ!」
「……アンタ」
「お隣失礼しまーす」


よっこいしょと私が返事をする前に隣に腰掛けてきた。よく見ると服の端に泥が付いていて、ユイもポケモンと触れ合ってきたのかと何の気なしに感じた。


「ねぇどうだった?楽しかった?」
「……まぁ、暇潰しにはなったかな」
「あっはは!晶みたいなこと言ってるー」


……本当に、この子はどうしてこんなに私に笑いかけるんだろう。どう見たって私、嫌な態度とってるだろうに。


「ハルの手持ちは、今は紫闇君と翠姫ちゃんの2人だけだよね?」
「だから何」
「……ううん。これから、ハルの仲間になるポケモンたちは、どんな子なのかなーって」
「…………。」
「ハルの事情は勿論、紫闇君や翠姫ちゃんの事も受け止めてくれる、優しい子が仲間になってくれるといいね」
「……アンタにそんな事言われる筋合い無い。私の仲間は私とそのポケモンたちが決めるんだから、放っておいて」
「そりゃそうだね。……私ね、ハルが初めて自分のことを話してくれた時、ちょっと嬉しかったんだよ」


海のように深く青い目が優しく開かれる。夕焼けの光に照らされたその色は、不覚にも綺麗だと見とれさせた。


「ハルがちょっと心を開いてくれたのかなーって思ったのもあるけど、ハルの大切な人のことを知った時、“あなたにも大切な人間がいたんだ、嫌いなだけじゃなかったんだ”って安心したんだ」
「何が言いたい訳」
「私もまだハルと更に仲良くなれる可能性が残ってるってこと!その“大切な人”には及ばないだろうけど」
「……呆れた、とんだお気楽思考」


“彼”の代わりになんてなれる訳ない。それは向こうも分かってる。私と友達になりたいだの、放っておけないだの、自らトラブルに巻き込まれ綺麗事を吐くこの子は、相当恵まれた環境で育ってきたのだろう。


(私のこれから、か……)


夕焼け空を見る。夕陽が半分沈みかけて、暖かなオレンジの光が大湿原全体を照らしていて、シンオウという広大な地方の自然の豊かさを象徴しているようだった。この世界はこんなにも、色鮮やかな世界で。

前の世界で“彼”を喪ってから、私の世界から色が消えてしまった。
文字通り白と黒の世界で、生きる意味なんて持てなかった。


(でもこの世界に来て、ポケモンたちと出会って……私はまた、“生きよう”としているんだ)


神秘的な色を携え、味方から嫌われ人間に狙われ続けた紫闇。

穏やかな色を携え、前のトレーナーだった男の子から虐待を受け“男”というものを嫌ってしまった翠姫。

辛い過去を持つ彼らと出会い、傷を分かち合い、私の世界に再び色彩が彩られ始めている。
でもずっと、根底にあるのは人間に対する嫌悪。人間という存在はこの世界でも切り離すことができないから。


「……私は人間が大嫌い」


ポツリ、と突然吐露したにも関わらず、「うん」とユイは驚きもせず静かにうなづいた。


「"自分たちと違うから"……"ただただ気に入らないから"。それだけの理由で、平気で他人を攻撃できる」
「……うん」
「そんな生き物でしょ、人間なんて。……最低な生き物」
「……でも、」


ユイが私の手をそっと握った。


「でもそんな人間を愛せるのも、人間なんだよ。やっちゃったって後悔して、次に活かそうとすることができるのも、人間なんだよ」
「……やっぱりアンタ、綺麗事ばっかり」


もういいやと立ち上がる。ずっとボールの中で私たちの会話を聞いていた紫闇は何を思っていたんだろう。遠くから翠姫の呼ぶ声が聞こえて、早足で向かおうとする。
「ハル!」とユイが声を張って私を呼ぶ。渋々振り返ると、彼女はニッコリと春の陽射しのような笑顔で、こう言った。


「“これから”も、よろしくね!」
「…………。」


サンヨウシティで璃珀の言っていた言葉の意味が、少しだけ分かった気がした。



ユイたちと別れ、ホテル・グランドレイクのコテージで一息つき食事を終えシャワーを浴び、窓を開け外の風を入れながらベッドに入る。白いレースカーテンが風に揺られ、涼しい風が中を吹き抜ける。


「楽しかったの、ハル!明日帰らねばならぬのが勿体ないのぉ」
「シンオウのポケモンを見れたのは、良かったかな。あ、お土産……は買わなくていいか」
「ならばわらわの甘味としてもりのヨウカンを買いたいぞ!ハルも一緒に食べようではないか」
「……そうだね。明日、自分用に買おうか」


紫闇は……甘い物苦手だっけ。結局ボールの中にいることがほとんどだったけど、彼もいつか自由に外に出る機会が訪れるといいな。
ふわふわ柔らかい羽毛布団に身体を包み込み、今日の出来事を振り返る。……触れ合ったポケモンたちや新たに知り合えたティナ、大湿原の自然の数々……記憶が新しい内に絵に描き起こしても良いかもしれない。

ふと、ユイの夕陽に照らされた笑顔が想起された。

多分、あの子とは心から打ち解けることは出来ないだろう。あの子はきっと周りから大切に育てられた人間で、私は誰からも嫌われネグレクトやいじめをされてきた人間で。
根本から真逆なんだ。天地がひっくり返っても、私は人間を好きになることは無い。


(……でも、あの景色は……)


あの笑顔は、きっと彼女にしかできないもの。私がどれだけあの子を邪険に扱っても、嫌がっても、あの子はいつの間にかそれをすり抜けて懐に入ってくる。私の心の氷を少しづつ溶かしてこようとする。
同じく人間嫌いなポケモンの晶を仲間に引き込めたのも、あの子の人柄あってこそ。


(……バカみたい)


心の中でそう呟いておきながら、私は後日、あの夕陽の絵を描くのだろう。
そしてまた何かのきっかけで会うユイがそれを見て、嬉しそうな顔で私に詰め寄ってくるのだろう。


(…………。)


そんな光景を思い浮かべて微かに口角を上げて眠る私もまた、バカなのだろう。



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