02

慌てず落ち着いて、深呼吸を一つ。急いでいるとはいえ、室内で走るのははしたない行為。そうは言っても足取りは自然と早くなってしまうが、すれ違う生徒や先生方へのご挨拶は忘れない。そうこうしている内に、校長室へ辿り着いた。
緊張からごくりと唾を飲み込み、ノックを3回。返事が返ってきてからゆっくりとドアを開け「失礼します」と声をかける。


「シオンさん、いらっしゃい。突然の申し出を受け入れてくれて感謝しますよ」
「いえ。遅くなってしまい申し訳ございませんわ」
「……クラベルさん、あの人は?」
「まずはお互い自己紹介から行いましょう。シオンさん、どうぞ中へ」


クラベル校長の隣にいたのは、確かに私と歳の近い女の子だった。黒髪に深い青色の目が特徴的で、私を興味深そうに見ている。


「まずは彼女の方から紹介しましょう。シオンさん、こちらはシンオウ地方からいらしたユイさんです。トレーナーしては彼女の方が先輩ですね。複数のジムを制覇されており、その実力から今回ナナカマド博士よりアカデミーの見学の推薦を受けて来られました」
「いえ、ただ暇だったのが私だけだったからなんですけど。……えっと、は、初めまして……!」


彼女も緊張しているのか、ぎこちなく勢い良く頭を下げた。今まで出会ってきた人たちがいい意味で積極的な方々だったから、日本人らしい謙虚な人もいるんだな、と親近感が湧いた。
クラベル校長は次にと私に手を添える。


「そしてこちらは我がグレープアカデミーに通う生徒の1人、シオンさんです。実は、彼女も入学してまだ日が浅いのです。似た境遇のお2人なら仲良くなれるかと思い、今回案内役として推薦いたしました」


普通、アカデミーを熟知している人と組ませるべきではないでしょうか!
堪らずそう言いたくなったけれど、大声を出す訳には行かないのでぐっと我慢する。誤魔化すように咳払いを1つ、表情は努めて柔らかにユイさんの方を向いた。


「……ご機嫌よう、ユイさん。お目にかかれて光栄です。私はグレープアカデミーに通うシオンと申します。恥ずかしながら私もアカデミーのことを熟知している訳ではありませんが……少しでもあなたにとっていい思い出が残るよう、お手伝いさせていただきますわ」
「…………。」


ぽかんとした表情で私を見つめるユイさん。私、何かしてしまったのかしら……。
すると次の瞬間私に詰め寄って、「すっごーい!」と先程の謙虚な姿はどこへやら、目をキラキラさせ興奮した様子だった。


「なんだかお嬢様みたいだね、あなた!すっごく綺麗な姿勢だし、言葉遣いも“お嬢様!”って感じでしかも噛まないで言い切れるし、仕草も熟れてるって感じだし!」
「……そ、そうかしら……」


“みたい”ではなく、自分で言うのもアレだが、本当のお嬢様だったのだけれど……。


「うん!今日はよろしくね、シオンちゃん!」
「“シオンちゃん”……」
「あっ……もしかして、嫌だった?」
「いえ、そんなことは。寧ろ……新鮮で嬉しいだけよ、どうもありがとう」


これは本当だ。私は前の世界では……友人と呼べる存在も、こうやって親しみを込めて名前を呼んでくれる者もいなかったから。私も彼女を“ちゃん”付けとか、呼び捨てで呼んでもいいものか悩むけど……それ以前に、知り合ったばかりの方をそう呼ぶのはやはり、はしたないだろう。
ユイさんはにっこりと「なら良かった」と安心したように微笑む。確かに、彼女の人柄はとても心地良い。するりするりと心の隙間をくぐりぬけ、こちらの懐に潜り込むのが上手い。その瞳に違わぬ、水のような子だと思った。


「仲良くなれそうで何よりですね。……ところでユイさん、そろそろ時間ではありませんか?」
「あ、本当だ。みんな戻ってくるかも」
「誰かを待っているのかしら?」
「うん、私の仲間たち。一足先にアカデミーを回るって言って、残ってくれたのが晶だけなんだよね」
『僕まで行ったらお前は手持ち無しになるだろう。それに、人間がウジャウジャいる場所に自ら赴くのは嫌だ』


彼女の腰元についているモンスターボールから聞こえてきた声の主が、恐らく手持ちの仲間の1匹なのだろう。その口ぶりと声色から察するに、人混みが嫌いなのだろうか。すると校長室のドアがノックされ、入ってきたのは長い金髪を靡かせた美丈夫だった。


「失礼するよ。ただいま戻った、ご主人」
「璃珀、おかえりー。……みんなは?」
「緋翠くんはそろそろ戻ると思うけど……ちょっと残念なお知らせがあるんだ」


そう言った彼の目が私を捉えた。そして口元が優しく細まり「こんにちは、お嬢さん」と声をかけられる。私はまじまじと、彼の顔を眺めるように見てしまっていたことに気づき、ごめんなさいと謝罪する。こんなに綺麗な方を見たのは初めてで、驚きのあまり目を離せなかったのだ。
ユイさんは彼と親しげな様子で、名前もご存知のようだけれど、もしかして彼も仲間なのだろうか。ユイさんが私のことを掻い摘んで説明すると、璃珀さんは改めて私の元へやって来た。


「初めまして、シオンさん。俺はミロカロスの璃珀という。ご主人共々、今日はよろしく頼むよ」
「み、ミロカロス……ですか……?」


そんな名前のポケモンは、確かパルデア地方にはいなかったような。初めて聞く種族名に困惑していると、クラベル校長がミロカロスという種族について簡単に説明してくれた。“世界で一番美しい”と称される、みずタイプのポケモン。多くの芸術家にインスピレーションを与え、様々な作品のモチーフとされてきたらしい。なるほど、それならばこの美しさも納得だ。


「今更で申し訳ありませんけど……あなたはポケモン、ですよね?人の姿を取っているけれど……」
「“擬人化”という現象に聞き覚えは?」
「それでしたらジニア先生に習いました。……実は、私の手持ちポケモンであるニャオハの若葉も擬人化ができるのですけれど、他のポケモンが擬人化を取るのは初めて見ました」
「俺の場合はこっちの姿の方が動きやすいんだ。あなたのポケモンも擬人化が取れるのか……信頼関係が築けている証拠だね」
「め、滅相もありません……!」
「コラー!シオンをナンパしないでー!」


面と向かって褒められるとは思わず、恥ずかしさから顔が少し赤くなるのが分かる。すると若葉がボールから飛び出し擬人化を取り、璃珀さんと私の間に入り込む。小さな体で私を精一杯隠そうとするその姿は、妙に愛らしい。
璃珀さんも若葉を見て一瞬キョトンとしていたが、すぐに微笑ましそうにクスリと笑い、「可愛いナイトだね」と若葉の頭をポンポンと撫でていた。若葉はそれに対してネコのように威嚇していたけれど。若葉の代わりに謝罪しておいたが、璃珀さんはあまり気にしていないようだった。

そしてまた、ドアがノックされて誰かがやってきた。



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