12

翌朝−−。

誰かに小さく声を掛けられ、閉じていた瞼を上げる。

そこにはシャーリーの姿があって、"おはようございます、ユイ様"と挨拶してくれた。

「おはよう、シャーリー。今は2人きりだし、普通に話さない?」

「……では、少しだけ。……その、昨日はよく眠れた?」

「お陰様でグッスリ! そういえば、昨日晶とバトルしたんだよね?」

「うん。ガチゴラスも楽しそうだったし、私も良い勉強になったよ」

「そっか、良かったぁ」

「あ、そうだ。……はい、ユイちゃんの服」

「ありがとう。すぐに着替えるから待ってて。
そういえば、フユカたちはどうしてる?」

「フユカちゃんたちなら食堂で待ってるよ。ユイちゃんと一緒に朝ご飯食べるんだ、って」

ってことは、執事さんの役は昨日で終わったのかな?

碧雅たちも待ってるだろうし、急いで準備しなきゃね!



身支度を整えて、シャーリーと一緒に食堂に入る。

そこには碧雅たちと、すっかりいつも通りのフユカたちの姿があった。

「あっ、おはようユイ! 昨日はよく眠れた?」

「うん。フユカが入れてくれたローズヒップティーのおかげでグッスリだったよ」

「それは良かった。サプライズは大成功だね!
この数ヶ月勉強した甲斐があったなぁ」

「サプライズ? しかも勉強って……?」

思わず私がそう聞き返すと、フユカが全てを話してくれた。

今回のイベントは"レオンハルト邸で修行したい"という白刃君の言葉が発端だったこと。

フユカは私がトレーナーとして成長していることを感じてくれてて、その慰労としてこのサプライズを思いついたんだそうだ。

それで執事さんの仕事や振る舞いを身に付けるために、レオンハルト邸で特訓したんだって。

「じゃあ、昨日ニコラさんに言ってた"全てはお嬢様方のため"っていうのは……」

「まぁ、そういうこと。一生懸命頑張ってるユイたちに、友達として何かしてあげたかったんだ」

な、なんて大掛かりなサプライズ……!

前回のレイナたちも交えてのバトル交流よりも大掛かりだよ。

「事情は分かったけど、フユカまで執事に扮する必要はなかったんじゃないの?
なんでそんなことになったわけ?」

「俺とジョゼフも最初は止めたんだがな……」

「姫が"どうしても"と言って譲らなかったのだ。なので今、俺はとても安堵している」

「どーして?」

「白刃は昨日1日、フユカを"姫"と呼ぶことを禁止されていましたの」

「使用人が"姫"って呼ばれてたらおかしいでしょ、ってフユカちゃんが。
白刃には悪いけど、あの時のショック受けた顔はちょっと面白かったな」

「あぁ……だから平民女と別行動だったのか」

確かにあの白刃君がフユカの側にいないなんて珍しいと思ってたけど、そういう事だったんだね。

今日の白刃君がどこかいきいきしてる気がするのも、そのせいか。

「でも……。それだけじゃないんでしょ、フユカ……?」

蒼真君がフユカの方を見て、静かにそう問い掛ける。

フユカは"あー……"って言いながら、ポリポリと頬を掻いた。

「もちろんユイたちをもてなすのが1番の理由だけどね。
あえて言うなら……知りたかったんだよ。使用人さんたちの仕事がどんなものなのか。
主のいないこのお屋敷を、ジョゼフさんたちがどんな想いで守り続けてるのか……それを少しでも知りたかった」

目を伏せながらそう答えるフユカの声音は、静かだけどハッキリと聞こえてきた。

フユカにとってこの数ヶ月は……ただの職場体験期間なんじゃなくて、とても大きな意味を持っていたんだろうか。

ふと、一瞬だけど目の前のフユカに誰かの姿が重なったように見えた。

それは栗色の髪を持った、精悍な顔つきの男性。思わず目を軽く擦って再び彼女を見ると、男性の影のようなものは消えていた。

「ユイ? どうかした?」

「えっ? あ、うぅん……何でもない」

そう? と言って笑うその顔は、紛れもなくフユカだ。

き、気のせいだったのかな……。

「とはいえ、俺たちも良い体験になったね。お金持ちの優雅な暮らしというものを満喫させてもらったよ」

「だな! 俺もカロスの料理色々教えてもらったし、大満足だぜ!」

「それを言うなら私も紅茶のことをたくさん教わりましたので、とても感謝しています」

「もーもー、おいしかったよ」

「お前はそればかりだな、マメ助。だがまぁ……悪くはなかった」

「久しぶりにゆっくりした気はするね。僕たちもここ最近は色々あり過ぎたから、気分転換にはなったよ」

思ってもみなかったサプライズだったけど、みんなとても楽しんだみたい。

「フユカ、私からもありがとう。本物のお嬢様になったみたいで、とっても楽しかった」

「良かったー。ちょっとやり過ぎかなって心配だったけど、そう言って貰えると嬉しいよ。
ボロが出ないか、ずっとドキドキしてたし」

「フユカ様、ユイ様。少々よろしいでしょうか?」

「あっ、ジョゼフさん。何ですか?」

「はい、この度の記念にこちらをと思いまして」

そう言って手渡されたもの。それは昨日私たちがそれぞれ身に付けていた衣装だった。

私の方はブラウスとジャンパースカートにベレー帽、黒いタイツにロングブーツ。

フユカの方は執事服に白の手袋、そして黒の革靴が丁寧に包装されている。

「えっ! も、貰っちゃって良いんですかこの服……!」

「もちろんでございます。どうぞお持ち帰りください」

「ありがとうございます! ユイ、シンオウに戻ったらそれ着て緋翠君にエスコートしてもらったら?」

「フユカの方こそ、それ着て水恋さんエスコートしてあげたら喜ぶかもよ?」

……なんて、そんな冗談を言い合いながらお互い笑顔になる。

最初は状況が飲み込めなくて困惑しっぱなしだったけど、フユカたちの気持ちがとても嬉しい1日だった。


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