09
ティータイムを楽しんだ後は、優雅なお散歩の時間。
お屋敷に残った緋翠と入れ替わりで、今度は璃珀が参加している。
璃珀の後ろには執事服の蒼真君が影のように側にいた。
「待たせたね、ご主人。
……おやおや、随分と可愛らしい衣装だ。よく似合っているよ」
「ありがとう、璃珀。フユカが選んでくれたんだって」
「フフッ、散歩から戻ったら碧雅君と晶君にもお披露目しないとね」
「何て言われるか少し不安なんだけど……」
「だいじょーぶだよ、ユイちゃん。みゃーちゃんもあっちゃんも、"かわいー"って言ってくれるよ」
「そ、そうかな……?」
「たぶん?」
「そこは"絶対"って言って欲しいかなぁ!?」
私と白恵のやり取りに、その場にいる全員の顔が笑顔になる。
普段ポーカーフェイスな蒼真君も翡翠色の瞳を細めて静かに笑っていた。
5人で話をしながらセキタイタウンの町並みを歩く。
遠く離れたところから子どもたちの元気なはしゃぎ声も聞こえて、つい笑顔になった。
碧雅がいたら"ロリショタコン"ってジト目で見られるんだろうけど。
「緑炎君は何の面白みもない町だって言っていたけど……のどかで良い町だね、ここは」
「うん。このストーンサークルとか、列石群? とか"歴史が残ってる"って感じがするよね。
いつからあるんだろ? ね、フユカは何か知って……フユカ?」
レイナと同じく歴史的なものが好きな彼女なら、何か知ってるかもしれない。
そう思って聞こうとしたけど……当の本人はストーンサークルをジッ見つめていた。
その表情があまりにも真剣で、思わず密かに息を飲む。
蒼真君に"フユカ……"と小さく呼ばれ、ハッと我に返ったフユカは"申し訳ありません"と頭を下げた。
「大丈夫?」
「はい、ご心配ありがとうございます。……少し、考え事をしておりました」
「フユカちゃん、こわーいおかお。わらったほうがかわいーよ」
「何かこの遺跡に思うところがあるのかな?」
「えぇ、少々。……僭越ながら、カロスに伝わる物語をお聞かせしましょうか」
フユカの口から語られた物語は、とても悲しいものだった。
愛するポケモンを取り戻したい一心が、多くのポケモンを苦しめた。
多くの命を犠牲として生き返ったそのポケモンの目に、王様はどう映っていたんだろう。
「その後、最終兵器は王の弟の命令でカロスのどこかに埋められたそうです。
王は今でも愛するポケモンを探してさまよい歩いていると言われております」
「……なんか、悲しいね」
「王のしたことは許されるものではないけれど、そのポケモンを愛する気持ちは本物だったんだね」
「ねぇ、フユカちゃん」
白恵がフユカを呼び、ジッと見つめている。
赤と青の瞳が不思議な色をたたえている気がした。
「何でしょうか?」
「フユカちゃんも、このせかいでやるべきことがあるんだね」
「え……」
フユカの顔が驚いたような表情に変わる。
でもその中に少しだけ強ばっているような雰囲気も感じて……。
あの時遺跡をジッと見つめてたのは、さっきの物語の内容を思い出してたんだって思ってた。でも実際は違うみたいだ。
「ユイちゃんといっしょ。ユイちゃんもね、やるべきことがあるの。
だからぼく、ユイちゃんのお手伝いするの」
「白恵、坊っちゃま……? それはどういう……」
「わー、わー! 気にしないでフユカ!
白恵、フユカを困らせちゃダメでしょ!」
「はーい。ごめんなさい、フユカちゃん」
「い、いえ……お気になさらず。
申し訳ございません、お嬢様方の前であまりにも無粋な話でした」
「うぅん、こっちこそごめんね」
さっきの表情から見て動揺してたのは明らかなのに、フユカは執事さんの演技を崩さない。す、すご……。
そして胸ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認する。
「間もなくディナーのお時間でございます。屋敷へ参りましょう。
本日はシェフ・緑炎とジャンさんが腕を奮ったフルコースですよ」
「へぇ、それは豪勢だ。ご馳走になるのが楽しみだね」
「……ご案内いたします」
先頭を歩く蒼真君に続いてレオンハルト邸に向かう。すると前方から勢い良く走ってくる女の子が見えた。
「わー! 早く帰らないと怒られちゃう!」
「えっ、わぁっ!?」
「お嬢様!?」
ドンッという音と一緒によろめいたところを、フユカがとっさに受け止めてくれる。
あ、危なかった……。ヒールのあるブーツだから足首捻るところだったよ。
「お嬢様、お怪我はありませんか!?」
「ひぇあッ!?」
か、顔近ッ! いくらフユカが友達で女の子とはいえ執事さんの役ってことはつまり男装してるわけで!
あっ、もしかして白恵が言ってた"気を付けて"とか"きゅんきゅんしちゃう?"ってこのこと!?
っていうか香水とか振ってるのかな何かすごく良い匂いする……!
「お姉ちゃん、ごめんなさい! 大丈夫?」
「だ、だだだ大丈夫大丈夫! ちょっとよろけちゃっただけだから!
君の方こそ怪我してない!?」
「大丈夫! あたしお姉ちゃんになるんだもん、転んでも泣かないよ!」
「そそそそっか、君は強い子だね!?」
「ご主人、少し落ち着いて。深呼吸してごらん」
璃珀にそう促され、何度か大きく深呼吸する。
……うん、少しだけ落ち着いた。
「お2人ともお怪我がなくてよろしゅうございました。
急ぐのは分かりますが……ちゃんと前を見ないと危ないですよ?」
フユカが膝をついて、私とぶつかった女の子を立たせてあげる。し、紳士だ……。
「うん……。"お兄ちゃん"も、ごめんなさい……」
「おにっ……コホン。素直に謝ることができるのは素晴らしいことですよ。
それでは、お気を付けてお帰りくださいませ」
「はーい! ドレスのお姉ちゃん、黒髪のお兄ちゃん、バイバーイ!」
元気良く駆け出していった女の子を見送って、再びレオンハルト邸に向けて歩き出す。
私の後ろを歩くフユカが、"お兄ちゃん、に見えるのかぁ……"ってポソリと呟くのが聞こえた気がした。
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