08
「3……2……1……終了でーす!」
スタッフのコールが響き、私はコップと紙ナプキンを置く。
その隣では頬をポフィンでいっぱいにした晶が、口元を手で抑えて何とか咀嚼しているようだった。
「す、すごい……」
「本当に食べちゃった……」
ユイとレイナが呆然としたようにそう零すのが聞こえる。
碧雅たちも私たちの様子を見て、呆気に取られているようだった。
「……ほひ、ふひほんは(おい、雪女)」
「晶、飲み込んでからで良いよ」
紅眞に頼んで、晶のコップにモーモーミルクを入れてもらう。
晶はそれをひったくるように奪い取ると、咀嚼していたポフィンと一緒に流し込んだ。
「……ッ! ……ハァ……ハァ……。
お前……アレをそんな涼しい顔で……。どんな味覚をしてるんだ……」
「味覚音痴じゃないはずだけど……うん、私も不思議」
『だから言ったろ、異常だって』
「でもすごいよ! 激辛ポフィンを汗ひとつかかずに完食しちゃうなんて!」
「うん! 晶なんて汗ビショビショなのに!」
「暴風で吹き飛ばしてやろうか、ちんちくりん」
「すみませんでした謝りますごめんなさい」
さっきとは違う意味で騒がしくなった空気に、微かに口角が上がる気がした。
それを見たらしいレイナが、クスリと笑う。
「……何」
「うぅん。ハル、楽しそうだなって思って」
「この顔が楽しそうに見えてるなんて、随分おめでたい頭だね。
ポケモンならともかく、人間と一緒にいて楽しいわけない」
「でも、今少し笑ってなかった?」
「……さぁね。気のせいでしょ」
レイナの柔らかな視線から逃げるように、ふいと首を振る。
その先に、ラッピングされた箱を持ったスタッフが立っていた。
「お2人とも、チャレンジ成功おめでとうございます!
こちら、景品のまろやかポフィンです」
「……どうも。はい、翠姫」
「うむ、うむ! 感謝するぞ、ハル!
イッシュに戻った後、2人でゆっくり味わおうではないか」
手渡されたまろやかポフィンを翠姫に渡す。
彼女は、それはもう嬉しそうな顔で目をキラキラと輝かせて。
その笑顔を見ると、参加して良かったと心から思う。
晶は箱を白恵に渡していて、白恵も"わぁい、ありがとー"と目を細めていた。
「ん〜! 楽しかったね!」
「……あっそ」
料理ハウスを出る頃にはとっくに日が暮れていて、空には1番星がポツンと光を放っていた。
レイナは一足先に、ここから東にあるナギサシティという街に戻っていった。
何でもその街で婚約者と一緒に暮らしているとかで。
彼女を迎えに来ていた、婚約者のポケモンだというムクホークと一緒に夜空へと消えていった。
(……ま、私には関係の無いことだけど)
どれだけユイやレイナが私の拒絶をすり抜けようと、私が人間に気を許すことは無い。
唯一心を許している人間は……後にも先にも"彼"しかいないのだから。
ついと上げた視線の先に、誰かの人影が見える。
「ハル、みんなで一緒に晩ご飯食べようよ!
色々と話聞きたいし、もっとあなたのこと知りたいから!」
(……。あぁもう、何でお前って……)
私のことを知りたいなんて……なんて物好きで、馬鹿馬鹿しい。
でもそれを私が口にしたところで、ユイはただ"そうかな?"って笑うだけなんだろう。
ハァ……とため息をついて、ユイの隣を歩く。
心の中で悪態をつきながら、それでも無意識でユイに歩調を合わせる私も大概なのだ。
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