06
あの後、ポフィンは無事に完成した。
翠姫はモモンの実をふんだんに使った甘いポフィン。私は紫闇でも食べられるようにと、チーゴの実を使った苦いポフィンを作った。
紅眞の教え方は分かりやすかったし、焦げそうになっても上手くフォローしてくれてとても助かった。
翠姫も納得の行くポフィンが作れたようで、ほくほく顔だ。
「翠姫ちゃん、料理得意なんだね。とっても美味しそうだよ!」
「手際もとても良かったし、ポフィン作りで教えられることはもう無いかな」
「なに、レイナの指導が良かったゆえじゃ。礼を言うぞ」
「よし、じゃあそろそろ片付けるかー」
全員で道具を洗って片付け、イートインスペースで出来たてのポフィンを食べる。
珍しく紫闇もボールから出てきて、私の作ったポフィンをモソモソと食べ始めた。
"勘違いするな、ただ小腹が空いただけだ"って言ってたけど。
「味はどう、紫闇?」
『……まぁ、悪くはない』
「ハルの手作りを食しておきながら、素直に美味と言えぬのか貴様」
味はお気に召したみたいで、ほろ苦いポフィンをひょいひょいと口に運んでいった。
緋翠も苦い味が好きとユイから聞いたので、彼にも1つお裾分けして。
上品にもぐもぐと咀嚼して飲み込んだ後、"とても美味しいですよ"と言ってくれた。
焦げないように注意しさえすれば複雑な手順は無いので、これならイッシュに戻っても作れそうだ。
碧雅たちはというと、ユイの作った甘いポフィンを食べてるみたいだけど……。
その表面は少し焦げてしまっている。
「おい、ちんちくりん。まさかとは思うが、これを僕たちに食べろと?」
「ご、ごめんって……。まさかあんなに焦げやすいなんて思わなかったんだもん」
「ちょっとお焦げ特有の苦味はあるけど、食べられない程じゃないよ」
「おいしーよ、ユイちゃん」
「まぁ私も最初は何個か焦がしたし、あとは練習だよ。
初めてにしては上出来だと思う」
「あまりユイを甘やかさないでよ、レイナ。すぐ調子乗るから」
"碧雅酷い!"と叫ぶユイをスルーしてるけど、何だかんだ言いながら食べ進めているから味は及第点だったんだろう。
道具を返しに行った紅眞が戻ってきて、晶を呼んだ。
「なぁ晶、お前って辛い味の料理よく食べてるよな?」
「だったら何だ、トサカ」
「今、期間限定のイベントで"激辛ポフィン完食チャレンジ"やってるんだってよ。
制限時間内に10個完食できたら、まろやかポフィンを1ダース貰えるらしいぜ」
「えっ、まろやかポフィン!?」
まろやかポフィンと聞いた途端、レイナが素っ頓狂な声を出した。
翠姫が読んでいた雑誌には、そんなもの載ってなかったけど……。
「む? レイナ、その"まろやかポフィン"とは何じゃ?」
「私も話に聞いただけなんだけど……。
その名前の通りまろやかな味わいで、ポケモンにあげると他のどのポフィンよりもコンディションが良くなるんだって。
ただ作るのがとても難しくて、私も何度か試したけど成功したこと無いんだ」
「ほぅ……。まろやかポフィンとやらに欠片も興味は無いが、自分自身との戦いというのも一興だな」
「ぐ、ぬぬ……。まろやかポフィンには酷くそそられるが、辛いのは好かぬ……」
本気で悔しそうにしている翠姫を見て、私は1つ頷く。
翠姫にはいつも料理してもらってるから、たまには彼女の望みを叶えてあげたい。
「ねぇ紅眞、その完食チャレンジって人間も参加できるの?」
「ん? 参加条件は特に無かったけど……って、出るのかハル!?」
「うん。辛い料理は嫌いじゃないし、そこそこ強いと思うよ」
参加表明を示した私を、その場にいる全員が驚いた顔で見る。
紅眞に至っては慌てたように待ったを掛けてきた。
「言い出した俺が言うのもなんだけど、正直"辛い"なんてレベルじゃねぇぞ?
使ってる木の実だってマトマの実とかノワキの実とか、トップクラスの激辛木の実だって話だし……」
「大丈夫。マトマの実なら食べたことあるから」
『そいつの辛味の耐性は異常だぞ。マトマの実の入ったサンドイッチを平気で平らげたからな』
「「え゛」」
「平らげたって言うほど食べてないと思うけど……」
紫闇の言葉を聞いて、ユイとレイナが声を揃えて絶句する。
視界の端では碧雅がドン引きしたような顔で私を見ていた。
「わざわざ激辛木の実を食べるとか正気を疑うんだけど……」
「まぁ、良いんじゃないかい? 仮に食べ切れなくても、思い出にはなるだろうし」
「ハル1人に任せるのは何とも歯痒いが、仕方あるまい。
じゃがハル、決して無理はするでないぞ」
「うん、分かってる」
「……フン、面白いじゃないか。おい雪女、どちらが多く食べられるか勝負だ」
「晶、これ大食い対決じゃないからなー? んじゃ俺、受付行ってくるわ」
「あっちゃんもハルちゃんもがんばれー」
晶の挑戦的なその瞳は、まるで黒曜石のようだと思った。
翠姫のためにもちゃんと完食して、まろやかポフィンを手に入れないと。
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