08
黒のリムジンから姿を現したその人は、でっぷりとしたお腹を揺らしながらこっちに向かって歩いてくる。
目は口ほどに物を言う、という言葉が思い浮かぶほどふてぶてしい顔をした初老の男性だった。
「まったく。たかが老婆1人を人質にするのに、いつまで掛かっておるのだ」
「申し訳ございません、オーナー。想定外の邪魔が入りまして」
オーナーと呼ばれたその人は、1番近くにいた私をジロジロと値踏みするように見回す。
「ほぅ? どんな生意気なヤツかと思えば、なかなかの上玉ではないか。
おい娘、ワシと一緒に来い。愛人として可愛がってやるぞ?」
「イヤに決まってるでしょうが!」
オーナーだかなんだか知らないけど、あんな下卑た顔する人のところに誰が行くか!
機嫌の悪いニャルマーみたいに"シャー!"と威嚇すると同時に、ナオトが私を背後に庇ってくれる。
一瞬だけ見えた彼の目には怒りが滲んでいた。
「気色悪い目で彼女を見るな、不愉快だ」
あ、これは本気で怒ってる……。ナオトがこんな言葉遣いするの、初めて見た。
「何故ユキエさんを誘拐しようとした?」
「決まっておるわ。新しいホテルを立てるのに、ここの土地を買い叩くためよ。
しかしそこのジジイが首を縦に振らんでな。嫁を人質にとれば嫌でも手放すと踏んだまでよ。
こんな小さな育て屋、邪魔でしかない」
信じられない……自分の事業の拡大のために、こんなあくどい事を平然とやるなんて!
私だけじゃなくこの場にいる全員(黒スーツは除く)が、そのあまりの身勝手さに顔を顰めた。
「ふざけんなよ!!」
建物を揺るがすほどの怒号が響き、全員の視線が集中する。
声の主が誰かなんて言われなくても分かる。
彼は……勇人は黒い瞳に激しい怒りを写してオーナーを睨み付けた。
「勇人……」
「何だ、お前さんは? この老夫婦に孫がいるなぞ聞いとらんが?」
「んなこたぁどうでも良い。この育て屋が無くなるのは、じいさんとばあさんが閉めるって決めた時だけだ!
まだここを必要としてポケモンを預けるトレーナーもいんだよ。
テメェの勝手な判断でここを潰されてたまるか!」
「……良かろう。ポケモンバトルで決めるとするか。
お前さんが勝てばこの土地は諦めてやる。だがワシが勝てば、その時は土地とそこの娘を貰うぞ」
人を景品みたいに言わないでくれませんかね!?
「面白ぇじゃねぇか。俺だってコイツらと一緒に色んなヤツとバトルしてきたんだ。
ばあさんに手ぇ出したのと、レイナを下品な目で見たことを後悔させてやるぜ。
泣いて謝ったら許してもらえる、なんて思うなよ?」
オーn……えぇい、この際もう"オヤジ"で良いや!
完全に負かして、即刻逃げ帰ってもらおうじゃない!
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