04
博士から頼まれていた用事を済ませ、テオドールさんに誘われるままお茶をすることになった。
美味しいお菓子もいただきながら談笑していると、どこからか"オギャア、オギャア"という声が聞こえてくる。
扉の外からテオドールさんを呼ぶ低い声が聞こえた。
ドアノブを回して部屋に入ってきたのは、銀色の髪でガタイの良い男性だった。
「テオ、来客中すまん! また泣き出したんだが、どうすりゃ良いんだ?」
「参ったな、ミルクはさっき飲ませたのに……。
悪い、剛。すぐに行くから待っててくれ」
「テオドール殿。もしや、この屋敷には赤子が?」
「あぁ、俺の娘なんだ。
妻はあの子を産んですぐに死んでしまったから、シングルファザーって訳さ」
(赤子……赤ちゃんのこと?)
慌てて応接間を出ていったテオドールさんを見ながら、自分の中に好奇心が芽生えるのを感じた。
「ねぇアレックス、みんなで見に行ってみない?」
「えっ? だが邪魔にならないか?」
「ちょっと見せてもらうだけよ。人間の赤ちゃんを見るの、初めてだし」
アレックスの手を引いて、声の出どころに向かう。
烈たちも何だかんだ気になるのか、私たちの後をついてきていた。
目的の部屋に辿り着くと、テオドールさんが赤ん坊らしきおくるみを抱いてあやしている。
その隣では"剛"と呼ばれていた男性が、音の鳴るおもちゃをカラカラと振っていた。
更にその近くには、カロスに生息例が無いはずのキモリが立っていて。私たちの存在に気付いた瞬間、キッとこちらを睨んだ。
『……アンタら、誰だ?』
「キモリ、邪険にしたらダメだ。彼らは俺の客人だからな」
テオドールさんから私たちがプラターヌ博士の関係者だと聞かされたキモリが、少しだけ警戒を解いた。
"悪かった"と小さな謝罪の声が聞こえ、アレックスも"気にしてない"と返す。
ちょっと無愛想だけど悪い子じゃないみたいだし、人見知りな子なのかもしれないわね。
「ほぅ、キモリとはまた珍しいポケモンがいたものだ。
そなた、どうやってこのカロスへ来た?」
『テオさんからは、"タマゴのまま放置されてたのを保護した"って聞いてる……』
「……ふむ、あまり踏み入ってはならぬ話題であったか。許せ」
『……別に』
タマゴのまま放置……つまりこの子は捨て子だったのね。
それをテオドールさんが保護して、カロスで孵化した……そんな感じかしら。
「つか孝炎もロコンなんだから、ある意味似たようなもんだろ」
『ロコン? ロコンもカロスに生息してないはずじゃ……』
「我は生まれも育ちも、ホウエンの送り火山よ。アレックスとは諸国漫遊の旅の最中で出会ったのだ」
「飛行機に紛れ込んでカロスに来たと聞いた時は驚いたよ……」
『へぇ……。よく捕まらなかったな』
「ジュンサーに見つかった時は難儀であったぞ。
強制送還されるくらいならばと、半ば強引にアレックスの手持ちとなったゆえな」
そういえばそんなことあったわねと思い返している間も、赤ちゃんが泣き止む様子はない。
盛り上がっているアレックスたちの輪から外れ、スススとテオドールさんの方へ寄る。
するとあんなに泣いていたはずの声がピタリと止んだ。
「な、泣き止んだ……?」
「俺たちが何をしてもダメだったと言うのに……。嬢ちゃん、一体どんな手を使ったんだ?」
「わ、私は何もしてないけど……」
丸くて大きなグレーの瞳が、私をジーッと見つめてくる。
その小さな手を恐る恐るつついてみると、赤ちゃんは私の指先をキュッと握った。
「……ッ、……!」
その瞬間に感じた、不思議な感覚。
"愛おしい"という気持ちと、"守ってあげたい"という思いが全身を駆け巡っていくような……。
もしかして、これが"母性本能"ってものなのかしら!?
「あっ、水恋! そんな勝手に……!」
「アレックス、良いんだ。むしろ助かった」
近くでそんな会話がされているけど、今の私の耳には入ってこない。
私の意識は全て赤ちゃんに向かっているから。
「テオドールさん! この子にも、私たちみたいに名前があるのかしら?」
「あぁ、この子は"シャルロット"だ」
「シャルロット……シャルロット……。素敵な名前だわ。
シャルロット、良い子だからあまりお父さんを困らせてはダメよ?」
私の言葉が分かっているのか、いないのか。
キョトンとした目で"うー?"と言った後、キャッキャと無邪気に笑い始めた。
「……か……」
「? おい、水恋?」
「可愛すぎる……」
言葉にできないほどの感情が溢れ出てきて、私はそのまま気を失う。
それが私とシャルロットの最初の出会いだった。
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