01
「……ハァ……」
シトシトと降り注ぐ雨を窓際で眺めながら、小さくため息をついた。
雨が嫌いという訳ではない。どちらかと言えば好きな方。
出掛けられないことに不満がある訳でもない。私がため息を零す理由は、もっと他のところにあるのだ。
「ハァ……」
「……おい、さっきから何をそんなにため息ついてんだ」
数えることを止めてもう何度目になるか分からないソレに、向かいに座る男が怪訝そうな表情を浮かべる。
"烈"という名を冠する彼に似つかわしくないと思ってしまうほど、海のような色の瞳だ。
「自然と出てしまうのよ。気にしないでちょうだい」
「いや気になるわ。いきなり真向かいに座ってきてため息ばっかすんのやめろ。
話くらいなら聞いてやっから、さっさと吐いちまえ」
「……」
視線を手元の調査資料に戻しながら、烈がぶっきらぼうにそう呟く。
普段から口の悪さは目立つものの、元来面倒見の良い彼のことだ。
ハッキリと口に出すことは無くても、あぁ見えて気にかけてくれているのだろう。
その不器用な優しさを知っているからこそ、私たちもアレックスも彼に全幅の信頼を寄せられるのだ。
「……そうね。じゃあそのままで良いから聞いてもらおうかしら。
次は……次はいつフユカと会えるのかしら!?」
「……は?」
下を向いていた視線が再び上げられ、"何を言ってんだコイツ"と言いたげに細められた。
「次ってお前……最近会ったばっかだろ」
「何を言っているの! 前回会ってからもう3日も経ってるのよ!?
私は毎日でも会いたいのに!」
フユカに会いたいと熱弁する私を前に、烈が盛大なため息を零す。
私には"ため息をやめろ"と言っていたのに、何なの。しかも言外に"聞くんじゃなかった"と言われている気がするのは気のせいかしら。
「あのな。俺らには仕事があるし、アイツはアイツの旅がある。
第一、お前が貼り付いてたらフユカだって息詰まるだろ」
「そこはちゃんと弁えてるわよ! だからいつも我慢してるんじゃない」
本当なら今すぐにでも会いに行ってあの子を抱き締めたいし、雅も交えてお喋りだってしたい。あぁ、ティータイムを過ごすのも良いわね。
仮に会えなくても電話であの子の声を聞きたいと思うくらいには、私はあの子を愛おしく思っている。
でも烈の言う通り、今のあの子はカロスを巡る旅人。だからこそ邪魔をしないようにと我慢しているのだ。
「つかお前、そこまで行くと最早"執着"だぞ。フユカに同情するわ」
「失礼ね。"愛情"と言いなさい、"愛情"と」
「ただいまー! おつかい行ってきたよ!」
「烈よ、しばし休憩を……っと、水恋もいたか」
買い物に出掛けていた彩と孝炎が戻ってくる。ニコニコと笑う彩の手には、近くの洋菓子店の箱があった。
アレックスからは、お菓子を買うように言われてなかったように思うのだけど……。
「お帰りなさい、2人とも。その箱はどうしたの?」
「あぁ、馴染みのパティスリーで菓子を買ってな。
休憩がてら烈に食べさせるつもりだったのだ」
「ずーっと紙と睨めっこしてると疲れちゃうよ。
はい、今から休憩! 資料はてっしゅー!」
手に持っていた箱を机に置くなり、調査資料をササッと片付ける。
そんな彩を見た烈は苦笑いしながら、"降参"と言うように両手を上げた。
「わーったよ。んじゃま、コーヒーでも入れてくるわ」
おもむろに立ち上がった烈がキッチンへと向かう。
その背中を見送り、私たちもティータイムのセッティングを始めた。
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