06
研究所の庭に足を踏み入れる。
ここにいるポケモンたちはみんな眠ってしまったのか、私の足音以外の音は何もしない。
ガラス張りの天井から月の光が差し込み、庭全体を優しく照らしていた。
「何やってんだ、こんなとこで」
座った瞬間後ろから声をかけられて、思わず"ビクゥ!"と肩が跳ねる。
ゆっくりとした足音で近付いてきたのは緑炎だった。
「り、緑炎! おどかさないでよ」
「あまりデカい声を出すな。他のポケモンが起きちまうだろ」
「……あ、ご、ごめん」
緑炎は私の隣まで歩いてくると、ストンと腰を下ろした。
「で、何してたんだ?」
「月を見てただけだよ。今日は満月だってテレビでも言ってたし。
緑炎こそ、何でここに?」
「俺は……」
ポツリと呟いたかと思うと、緑炎は座ったばかりなのにスクッと立ち上がる。
……私の腕を取って。
突然のことに足がもつれながらも着いていく。
すると今度は手を取って、反対の腕を腰に回してきた。
「ちょっ、緑炎!? 急に何……」
「良いから黙って脚動かせ」
緑炎がゆったりとした動きで動いていく。
私も彼の足を踏まないようにように、必死で脚を動かした。
(あれ、これって……)
密着した身体に、テンポが良い三拍子の動き。
昼間に烈と踊った、あのワルツだった。
「踊れるの?」
「ジュプトルの動体視力を舐めんな。こんだけゆっくりな動きなら、1回見りゃ覚える」
いや簡単に言ってくれてるけど地味にすごいことだからね、それ!
月光が暗闇を照らす下で、私と緑炎が静かに舞う。
が、突然緑炎が噴き出した。
「……フハッ……烈から聞いちゃいたが、お前ホント下手だな」
「悪かったね、リズム感無くて!」
ワルツどころか社交ダンスすらやったことないんだよ私は!
「っていうか、何で緑炎はそんな上手なの。
明らかに初心者の動きじゃないでしょ」
「一応は経験者だからな。昔アイツにせがまれて練習に付き合わされただけだ。
……フッ……ククク……」
「ちょっと、 笑ってるの聞こえてんだからね!」
だけど、こんな風に笑う緑炎を見るのは初めてだな。
いつもの彼はとてもクールだ。蒼真ほどじゃないにしても、あまり表情が大きく変わることは無い。
龍矢が仲間になってからは、眉間に皺を寄せてる事が多くなった気はするけど。
でもそれ以上に、緑炎が純粋に笑っていることが嬉しかった。
「せっかくだし、もうちょっと踊ろうか」
「……仕方ねぇな。今回だけお前の夜更かしに付き合ってやる。
足は踏んでくれるなよ?」
「踏―み―ま―せ―ん―」
サフ……サフ……と、芝生を踏みしめる音が耳をくすぐる。
観客のいない、2人きりの舞踏会。
映画のあのシーンみたいに華やかな音楽は無いけれど。
笑い合いながら踊る私たちを、美しい満月だけが見守っていた。
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