02

(えっ、と……。どうなったんだっけ、私?)

どこまでも、果てなく続いていそうな漆黒の空間。

その中に、私は1人ポツンと立っていた。

ゴジカさんから記憶の鍵を開けることを提案されて、白刃と龍矢に拘束してもらったところまでは覚えている。

でもあの時脳内に響いた、何かが割れるような音を聞いた後のことは何も覚えていなかった。

(気を失った……のかな。そういう人もいるって、ゴジカさんも言ってたもんね)

誰もいない空間で、1人納得して頷く。

すると、前にも聞いたあの声が凛と響いた。

"シャルロット"

「……レティシアさん」

彼女のものであろう名前を呟くと同時に、白く光るモヤが現れる。

でもあの日の夢と違ったのは……そのモヤが1人の人影を象ったことだ。

私と同じ長い黒髪に、グレーの瞳。

落ち着いたデザインのワンピースに身を包んだ女性が、慎ましやかな笑顔で立っていた。

"シャルロット、記憶の鍵を開けたのね。本当の自分を取り戻すために……勇気を出してくれたのね"

「……うん。本当のことを言うと、まだ実感は薄いんだけどさ」

レティシアさんの腕が私を優しく抱き締める。

実体はないはずなのに……夢の中のことのはずなのに、とても暖かい。

"……ごめんなさい。
本当なら、あんなに強引に記憶の封印を解けだなんて言うべきでは無かったのよ。
その結果、あなたを苦しめることになってしまった。
シャルロット、私を許してとは言わないわ。でもジュプトル……緑炎のことを思うと……"

「……うん、分かってる。伝えたいことは分かってるつもりだよ、"お母さん"。
緑炎に……ずっと辛くて寂しい思いをさせちゃってたんだね、私は」

"……私のことを、そう呼んでくれるの?
私のせいで苦しい思いをさせてしまったのに、それでもあなたは私を母と呼んでくれるの?"

「そりゃあ初めは混乱したし、とても怖くて苦しかったけど……。
でも、今は不思議と納得してるんだ」

一族の宿命のことはまだ何も分からない。でも……私は1人じゃないから。

過去のことは緑炎と一緒に取り戻していけば良いし、未来のことはみんなで作り上げていけば良い。

「私は大丈夫だよ。緑炎たちがいてくれるから。
でも……ありがとう。お母さんはずっと、私の傍で見守っててくれてたんだね」

"当たり前じゃない。私とあの人の可愛い娘だもの"

そう言って強く私を抱き締めるお母さん。でも……彼女とのこの時間も長くは続かなかった。

"……いつまでも夢の中に閉じ込める訳にはいかないわね。
さぁ、行きなさいシャルロット。お友達があなたの目覚めを待っているわ"

「そうだね。でも……"友達"じゃないよ」

私の言葉を聞いたお母さんが、"えっ"と小さく零す。至極当然の反応だと思った。

……そうだ。私にとって彼らは"もう友達じゃない"。

「だって緑炎たちは……"私の大切な家族"だから」

彼らは自分の信を預けるに足ると思ってくれたからこそ、私をトレーナーとして選んでくれたんだ。

始めは確かに"友達"から始まった縁だったのかもしれない。

けれど今は……"友達"という言葉では語り切れないほど、彼らと多くの時間や思い出を共にしてきた。

そんな彼らを表すのに相応しい言葉は……"家族"以外には無い。

"そう……良い縁に恵まれたのね。
でも忘れないで。私もあの人も……ずっとあなたたちを見守っているわ"

「……ありがとう。じゃあ私、もう行くね」

お母さんに背を向け、振り返ることなく歩を進める。

周りは数センチ先も見えない闇の中。どこに向かっているのかも分からないまま、それでもひたすらに歩き続けた。

やがてどれだけ歩いたのか分からなくなってきた頃、前方に白い光が見えてくる。その先から……笛の音が聞こえた。

(この笛の音、聴いたことがある。うぅん、私はこの笛の音を……この旋律を知ってる!)

そうだ。あれは"彼"が吹く曲の中でも1番好きだった曲……。

"上手くはない"って言いながらも聴かせてくれた、思い出の曲だ。

(会いたい……。みんなに、会いたい。
今すぐみんなに……"緑炎"に会いたい!)

胸の内から湧き上がってくる気持ちを抱えたまま、私はその光へと飛び込んだ。



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