06
「……」
ゴクリ……とつい息を飲んでしまう。
孝炎がこの目をしている時は、何をどう取り繕ったとしても通用しない。
私は昔から、彼のこの目が少し苦手だ。
(……"昔から"? 私は何を考えてるんだろう?)
それを見るのはまだ片手で数えられる程度のはずなのに、ずっと昔から……それこそ自分が小さい時からこの目を知っているような感覚がする。
キュウコンという種族だからとかではなく、相手が孝炎だからこそだった。
何も言わない私に小さなため息をついた孝炎は、"分からぬのなら我の口から言ってやろう"と言った。
『そなたは……我らがそなたにシャルロットを重ねていることを心苦しく思っているのではないか?
そして、そなたという人間の根底が覆されるやもしれん恐怖を感じている。……違うか?』
「……!」
心を読まれた気分だった。いや、実際読んだのかもしれないけど。
やっぱり、こういう時の彼には敵わないなぁ……。
「……うん、降参。孝炎にだけ白状するから、他のみんなには内緒にしてね」
『うむ、任せよ』
孝炎の目がいつもの色に戻ったのを確認して、私は今の胸の内をポツポツと零した。
『なるほどな……』
私の話を聞いた孝炎は、何かを考え込むようにポツリと呟いた。
「それとね、昨日の夜に不思議な夢を見たんだ」
『不思議な夢?』
「うん。姿の見えない女の人に、シャルロットって呼ばれる夢。
その人に"自分の過去を取り戻さなくちゃいけない"って言われてね。
確かに私は小さい頃の記憶がほとんど抜けてるけど、どうしてその人が私をシャルロットさんの名前で呼ぶのか分からなくて……」
『ふむ、そういうことか。その女性は他に何か言わなかったか?』
「え? うーん……」
あの時見た夢の内容を、できるだけ思い返す。
その中で辛うじて思い出せたことがあった。
「そういえば、私の記憶は鍵が掛かったままだって言ってた。
自分が何者なのか、自分で気付かなきゃいけない。
手助けはしてあげられないけど、味方だってことだけは忘れないで……って。
孝炎は、その女の人に心当たりがあるの?」
『……さて、どうであろうな』
その人を知っているような口ぶりが気になって、逆に質問してみたけど。
でも彼は意味ありげに目を細めるだけだった。
そしてその視線は私ではなく、私の背後に向けられていて。
誰か呼びに来たのかと思って振り向いてみるけど、誰もいなかった。
「え、何? 何かいるの?」
『いやなに。
キュウコンという種族は炎タイプではあるが、長く生きていると見えぬものが見えることもあるのでな』
み、見えぬものって……お化けってこと!?
突然慌てだした私を見て、孝炎がカラカラと笑う。
『案ずるな、悪霊の類いではない。むしろアレはそなたを守ろうとするモノだ。
だが本人がそのようなスタンスであるなら、我が助言をするのは野暮であろうよ』
「?」
孝炎はその場で思いっ切り伸びをすると、擬人化して人の姿になる。
その表情はとても涼やかで、口元は微かに笑っていた。
「そなたにもいずれ分かる時が来よう。
フユカ。例え己の根底が覆ろうとも、そなたがそなたであることは変わらぬ。
そのことを……ゆめ忘れるでないぞ」
私の肩をポンポンと叩き、孝炎は長い髪を揺らしながら温室を後にした。
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