03

お屋敷に戻ってからも、あの声が頭について離れなかった。

シャルルさんに出迎えられて、宿泊部屋に戻ろうとした時だった。

どこからか"キャアッ!"って聞こえると同時に、バシャアッと音を立てて冷たい何かが私を襲う。

一瞬何が起こったのか分からずに呆然としていると、すぐ近くにソフィアさんが真っ青な顔で立っているのが見えた。

そして後ろからは誰かの足音が聞こえてくる。"姫!"って言いながら走っているから白刃だろう。

白刃はビショ濡れになった私を見ると、ギッとソフィアさんを睨んだ。

「申し訳ありません! お客様に水を被せてしまうなんて……どうかお許しください!」

ソフィアさんはこっちが気の毒になるくらい声が震えてしまっている。

「貴様……姫に何をした!」

「ちょっと白刃ストップ、ストップ! 水に濡れたくらい何ともないから!」

「私、着替えを持って来ます!」

そう言って部屋に向かった雅と入れ替わるように、"何の騒ぎです!"とエルザさんが走ってくる。

エルザさんは私とソフィアさんを見て、厳しい態度でソフィアさんを叱り付けた。

「ソフィア、そのおっちょこちょいな性格を治すようにと何度も言ったはずですよ。
レオンハルト家の使用人たる者、このようなことでどうするのです!」

「も、申し訳ありません……」

ああああ……ソフィアさんがどんどん萎縮していっちゃう。



「私が悪いんです、エルザさん!」



口を挟まずにはいられなかった。

ソフィアさんとエルザさん、白刃が驚いた顔で私を見る。

「それは……どういうことです、フユカ様?」

「私が考え事しながら歩いてて、ソフィアさんがいることに気付かなかったんです。それでぶつかっちゃって……。
水を被ってしまったのも、私の自業自得です。だから、彼女を責めないであげてください」

早口言葉のように捲し立てた私に、エルザさんが少したじろぐ。

一瞬の間の後、彼女はコホンと小さく咳払いをした。

「……分かりました。フユカ様がそこまで仰るのであれば、今回の件は不問にします。
ソフィア、次からは十分に気を付けるように」

「……は、はい! ありがとうございます!
フユカ様も、そのご恩情に感謝します」

"気にしないでください"って言いながら、ホッと胸を撫で下ろす。

丸く収まって良かった……。

エルザさんは"入浴の準備をして参ります"と言って、ソフィアさんと一緒に浴室へと向かった。

「よろしいのですか、姫?」

「良いんだよ、これで。ちゃんと前を見てなかった私が悪いんだから。
……あ、そうだ。白刃、ちょっと目つむっててくれる?」

一瞬不思議そうな顔をした白刃が、静かに目を閉じる。

誠実な彼を騙すようで気は引けるけど、トレーナーである以上見過ごすことはできない。

じっとしている白刃の額に、私は思い切りデコピンを飛ばした。

「うっ!? ……ひ、姫?」

「白刃、私のことを心配してくれるのは嬉しい。
でもさっき、一方的にソフィアさんの仕業だって決め付けようとしたよね?
流石の私も、アレは怒るよ」

あそこで私が割って入らなければ、ソフィアさんはきっとあの時以上のお叱りを受けることになっていたと思う。

私の不注意で招いたことのために、彼女に濡れ衣を着せたくなかった。

「トレーナーを守ろうとする気持ちを否定してるんじゃないよ。白刃が私のためを思ってやってくれたことも、ちゃんと分かってる。
だけど……私は自分の自業自得を誰かに責任転嫁して笑っていられるほど、身勝手な人間じゃないつもりだよ」

本当はちょっと恥ずかしかったけど、白刃のルビーのように赤い瞳を真っ直ぐ見つめる。

私の言葉に、白刃はハッと息を飲んだ。

「申し訳ありません、姫。貴女の身に何かあればと、ついカッとなってしまい……。
確かに彼女の事情も聞かずに怒鳴りつけてしまったのは、浅はかでした」

「……分かってくれたなら良いんだよ。私もキツく言い過ぎたかもだし、ごめんね」

「いえ、姫のお言葉で目が覚めました。貴女は本当にお優しい方ですね」

"そうかな?"って聞くと、白刃は迷いなく"そうですとも"って笑う。

"ちゃんとソフィアさんに謝って来るんだよ"と伝えて、私を呼びに来たエルザさんと浴室へ向かうのだった。


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