07

空が漆黒に染まり、満月の光が優しく照らす夜。

悠冬と蒼真を寝かしつけた頃、部屋を訪ねてくる者がいた。

「緑炎、烈。少し良いかしら?」

ドアをノックして部屋に入ってきた水恋を見て、俺は思わず烈と顔を見合わせる。

「こんな時間に起きてるなんて珍しいな、水恋」

「どうしたよ?
いつもなら"夜更かしはお肌の大敵"っつって早く寝るじゃねぇか」

「あなたたちに話しておきたいことがあるの。
場所を移しましょう」

何事かと訝しがりながらも、俺と烈は腰を上げる。

水恋について行くと、ポケモンセンターから少し離れた高台に来た。

「……そこそこ冷えるな。で、話って何なんだ?」

「今日、あの男に会ったわ」

その一言を聞いた瞬間、烈の表情が険しくなる。

俺自身もあまり思い出したくない人物なので、思わず眉間に皺を作っていた。

「アイツか……」

「嫌なヤツのこと思い出しちまったな」

"あの男"と言われて思い浮かぶ人物はただ1人──フラダリだ。

「少しだけフユカと別行動をしたんだけど、なかなか戻って来ないから迎えに行ったの。
そしたら、あの男があの子と一緒にいたのよ。
今日はまだ何もされなかったみたいだけど……」

「フユカの前に現れたのは、2回目だな」

「? どこで会ったんだ?」

「ミアレシティだ。フラダリのカフェでな」

「どうしてそこで止めなかったの?」

「博士もいた手前、黙ってるしか無かったんだよ」

それに俺が下手に騒いだら、博士だけでなくフユカや雅まで動揺させてしまう可能性だってあった。

「だからって……あの男を近付かせるわけにはいかないでしょう。
あの子が……」

「よせ、水恋。フユカにアイツを重ねるのはやめておいた方が良い。
ここにいるのは……俺たちと一緒にいるのは、アイツじゃない」

「何よソレ……。
まるであの子が死んだみたいな言い方じゃない!
私はそんなこと信じないわ!」



「俺だって、んなこと信じたくねえよ!」



真っ暗な闇の中に、俺の怒号が響く。

隣で烈が呆れたようにため息をついた。

「お前ら、その辺にしとけ。もう夜遅えんだからよ。
アイツの無事を信じたいのは、みんな同じだろ」

その言葉に、ヒートアップしていた頭がスーッと冷めていく。

今ここで言い争ったって何も解決しないし、騒音被害も甚だしい。

「そう、だな……。
悪い、水恋。少し言い過ぎた」

「いいえ、私もついカッとなったわ……。
あの子が行方不明になって、辛い思いをしているのはあなたも同じなのに……」

「ヤツが何を考えてるかなんて、ここでゴタゴタ考えたところで分かりやしねえ。
俺らにできることをやるしかねえんだよ。
……もうこの話はしまいだ。いい加減寝るぞ」

「そうね……」

「俺はもう少し、ここで頭冷やす」

「……あまり遅くなんなよ。
夜更かしして寝坊した、なんてフユカが知ったら笑われんぞ」

「分かってる」

ポケモンセンターに戻って行く2人を見送り、夜空に浮かぶ月を見上げる。

「(俺とアイツが生まれたのも、満月の輝く夜だったな……)
……ったく、今どこで何してんだよ」

遠い記憶の中に存在する"アイツ"に向けた言葉は、淡い月光のように闇へ溶けていった。


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