02
……てなわけで、私たちは今テンガン山を移動中です。
『レイナ、誰と話してるの?』
「それは気にしちゃダメなんだよ、焔君。分かった?」
『? 分かった』
だって独り言でも言ってないとメンタルがもたない。
地面はボッコボコだし、おまけに上り坂や下り坂があるから歩きづらいったらない。
もちろん、こんな悪路を自転車で進めるわけもなく……。
「あぁもう! なんで山の道ってこんなにボコボコしてるの!
歩くだけで体力持っていかれるんですけど!」
テンガン山を移動し始めて30分も経っていないのに、すでに私は肩で息をしている。
持久力なんて皆無ですが何か?
早くヨスガシティに着かないかなぁ、なんて思いながら足を動かす。
しばらく歩いていると、小高いところに1人の男の人が立っているのが見えた。
何かを考えているような無表情がかえって不気味だ。
焔と一緒になってじっと見ていたからだろうか、目が合った。
その瞬間、背筋にゾッと悪寒が走る。
「君は世界の始まりを知っているか?
このテンガン山はシンオウ地方始まりの場所……そういう説もあるそうだ」
まるで大勢の聴衆の前で演説をしているように話す謎の男。
世界の始まりといっても、元々私がいた世界はここではないのだから、何とも言い様がないんですけど。
『その話、前に聞いたことがある』
「え、どこで聞いたの?」
『ナナカマド研究所にいた時に、地図を見てたら博士が聞かせてくれた』
男がいっこうに喋らなくなったのでチラリと目をやれば、微かに驚きの表情が浮かんでいる。
「君は……ポケモンの言葉を理解できるのか?」
「……!」
しまった……。
このことはできるだけ隠すようにってナナカマド博士に言われてたんだった。
「……まぁ良い、話を続けよう。
出来たばかりの世界では争いごとなどなかったはず。
だが、どうだ?
人々の心というものは不完全であるため、みな争い、世界はダメになっている。
愚かな話だ……。ところで」
男は私との距離をグッと詰める。咄嗟に身を引こうとするけれど、間に合わずに腕を掴まれてしまった。
「ポケモンの言葉を理解する能力とは、実に興味深い。私と一緒に来てもらおう」
その時、ボールから誠士が飛び出してきて、男の手に噛み付いた。
『レイナに近寄るな!』
「誠士!?」
気のせいだろうか、誠士の頭上に般若が見えたような気がした……。
彼の気迫に思わず息を呑む。
「君のフカマルは、私が君を連れて行こうとするのがよほど不服と見える」
『当たり前だ。彼女に指1本たりとも触れさせるものか!』
数日間しか一緒にいないから当然なのかもしれないけど、ここまで感情をあらわにした誠士を見たことがない。
今の彼の気持ちを"不服"と表現するのは何か違うような気がする。
不服というよりも"憎悪"の方がしっくりくる。
「……今日のところは退こう。
だが、君の"その力"……いつか手に入れてやる」
男が立ち去った後も、私はしばらく動けなかった。
ポケモンの言葉を理解出来るということがバレたこともそうだが、1番の理由は誠士が男に対して向けた"憎悪"――。
何故あそこまで怒りを露わにしていたのか聞いてみたかったけど、聞けなかった。
否、聞いてはいけないと思った。
もし聞いてしまえば彼の心に傷を付けるか、もともとある傷を抉ることになるかも知れないと思ったから。
前半は賑やかだったテンガン山の珍道中も、後半は全員が始終無言のままだった。
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