04

出来上がった生地を型に流し入れ、オーブンで焼くこと数分。

待ちに待ったポフィンが焼き上がった。

來夢たちを外に出すと、初めて見るお菓子に興味津々のようだ。

『これがポフィンかぁ。良い匂い!』

『美味しそう!』

『形も可愛いね』

『早く食おうぜ!』

「ちょっと待って勇人。まずは全員に配ってからね」

出来上がったポフィンを頬張り、"美味しい"と満足そうに食べるみんなを見て一安心する。

そういえば、誠士のポフィンはどうなったんだろう?

「誠士の方は上手くできた?」

「あぁ、問題はない。ただ……渋みがいまひとつ足りなかった」

「渋いポフィンを作るんなら、ウイの実やシーヤの実を使った方が良いかもな」

「なるほど……。次からはそうしてみよう」

好奇心から誠士のポフィンを1つ貰って食べてみたけど、私の口にはかなり渋かった。

思わず自分が作った甘いポフィンを1つ放り込む。

今度、みんなの好みの味を聞いておこうかな……。

「あれ、あそこに置いてあるのは……」

ナオトの目線を追った先にあったのは、ポフィンのお皿。

途中で混ぜ方がおかしかったのか、それとも熱の通り方にムラがあったのか。

いくつか焦げてしまったので、別に取り分けていた分だ。

「あー、それちょっと焦げちゃって。後で私が食べるから置いといて良いよ」

ポフィンをじーっと見ていたナオトは、おもむろに1つ手に取って食べた。



……食べた!?



「ちょ、ナオト!?」

ナオトは無言のままモグモグと咀嚼し、ゴクンと飲み込む。

「……美味しい」

ポツリとそう零したナオトは、目をキラキラさせながら2つ目を口にする。

唖然とする私たちをよそにどんどん食べ進めていき、最後の1つになったところでハッと止まった。

振り返ったその顔は照れくさそうにも見えるし、気まずそうにも見える。

「ご、ごめん! 美味しかったものだから、つい……」

「いや、良いんだけどさ……。
でも美味しいお菓子なら、緋色君も作ってくれるでしょ?」

「うん……緋色が作ってくれる料理やお菓子も、もちろん美味しいんだけど……。
何故君が作ったものを"特別美味しい"と感じたのか、僕にも分からないんだ」

ストレートに感想を述べるナオトに、思わず気恥ずかしくなってしまう。

その時、頭の中にある光景が過ぎった。

陽が当たり、花が咲き誇る庭園で優雅にアフタヌーンティーを楽しむ男女。

女性の手作りらしいお菓子を食べて、幸せそうに笑う男性だった。

とはいえ、2人の顔にはモヤが掛かっていてハッキリとしない。

全く記憶に無いけど、どこか懐かしさを感じて。

それが今の私たちと重なるものに思えて、不思議と暖かい気持ちになる。

「……フフッ、"貴公"は本当に幸せそうに食べるな」

「!? ……レイナ?」

ピクッと肩を揺らして、勢いよく振り向いたナオト。

桃色の瞳が大きく見開かれ、驚いた顔をしている。

「レイナ、急にどうしたよ?
お前普段、ナオトんこと"貴公"なんて言わねぇだろ」

「え? ……あ……」

緋色君に指摘されて、はたと気付く。

何の違和感もなくスルッと口をついて出た言葉だったけど……。

確かにこれじゃあ、男の人みたいな話し方だ。

來夢たちも不思議そうに私を見ている。

「んー……ポフィン作るのに集中し過ぎて疲れたのかな?
それより、次会った時はナオトの好きなお菓子作ってあげるよ。
何が食べたいか考えておいて」

何か言いたげにしていたナオトだったけど、お菓子の話を切り出すといつもの表情に戻った。

こころなしかワクワクしてるように見えるから、甘い物好きなんだな。

「本当かい? それは楽しみだな」

『何か2人ともすっかり仲良しだね!』

「そうだな」

「よし、そろそろポケモンセンターに戻ろうか。
明日はノモセシティに出発するしね。
ナオトたちはどうするの?」

「僕たちは明日のジム戦に向けてトレーニングしてくるよ。
メリッサさんが帰ってきて、挑戦の予約も入れているから」

「そっか。頑張ってね」

「あぁ、いつか君たちに追い付いてみせるよ」

私はそのままナオトと別れてポケモンセンターと街郊外の公園へそれぞれ向かった。



ナオトが背を負けたまま"レイナ、君はまだ……"と小さく呟いたことを、この時の私は知らない。


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