1 ヒトは花を送ることが好きである。出会いに、祝いに、そして別れに。そこに言葉や気持ちを込め相手に捧ぐ。伝えられなかった思いを添える。 今イーノックが捧げているのは別れと後悔と迷いが込められた、ただそこらにひっそりと咲いた花を寄せ集めた花束だ。 地にひざまずき、重ねられた石に向かい手を組み祈る。 この石の下にイーノックと旅をしていた仲間が眠っている。 石は彼の墓石変わりといったところだ。 「イーノック」 イーノックは閉じていた瞼をゆっくりと開き、一度瞬きをした。首だけを動かし声をかけた私を見つけた。 「……あなたは、いつも突然なんだな」 力無く微笑みながらそう言った。 いつもは太陽に照らされ輝く褐色の肌も天界の空のように澄んだ青い瞳も、今はくすんだように見える。 「私のせいなんだ」 後悔の言葉が溜息とともに吐き出される。 ヒトは死ぬ。それは極々自然なことだ。魂はヒトも家畜も草花も平等に与えられ平等に天へと還る。不思議な事など何一つない。それが早まったところで一体なんだというのだ。 「イーノック、その花は何と言うんだ?」 つまらなそうに目を細め、首を傾げて聞いた。 そんなルシフェルに気付いているのかいないのか、イーノックは墓石の前に置いた花束を見遣る。 「名前は忘れてしまった。彼が、いつかの旅で教えてくれたが、今は思い出せないんだ」 一つ一つ噛み締めるように呟く。 「そうやって、忘れていくんだ」 忘れ行くのは必然。時の流れは必然。その理から彼は篤い信仰心と清らかな心から出た正義感から外されてしまっただけ。 此処にいて此処におらず、何処にでもいて特別。与えられたものは大きく、それ故に彼と時を共有出来るものなど地上には誰ひとりいなかった。 だがそれが何だと言うのだろう。何故哀しむ。何故振り向く。ヒトと神は比べるものではないだろうに。 「私は、このままずっと独りなのだろうか」 消え入りそうなか細い声は風に掻き消された。 誰にも届かず、ただ。 ただルシフェルだけに届いた。 「うん?私か?私はずっとそばにいるぞ」 何故なら彼は、もう神の持ち物だ。 ――――― 1115 続く |