解剖学 心は何処にあるのだろう。 「貴方にも知らないことがあるんだな」 そう言って金色の髪を持つ彼は青緑の目を細め微笑む。 「私は神ではないからな」 彼の言葉が気に入らなかったので、少し投げやりに吐き捨てる。 そのことすら愛おしいというように、彼はまた目を細めるのだ。 心は何処にあるのだろう。 「私は、ひとりでは此処まで来れなかった。感謝してもしきれない。」 「やれやれ、お前は大袈裟だな。」 何事にも真面目に向かい合う彼の性格は嫌いではなかった。どうも、と笑みを浮かべて返した。 心は何処にあるのだろう。 「天使である貴方には理解しがたい話かもしれないが、心臓のあるあたりに心はあるんだ」 そしてそこには貴方がいるんだ。 青緑の瞳は揺らぐことなくこちらを見つめ、心底愛おしそうに囁く。 心には、大切なものがいると教えてくれた。 心は何処にあるのだろう。 雨が降っていた。 いつものように戦いの果てに倒れている彼を見つめる。腹からは赤い液体が流れ、雨と共に流されていく。 さて、時を戻さなければ。 左手を掲げ指を鳴らす。そのつもりだった。 ふと、前に彼が言っていたことを思い出す。 ひとの心には大切なものがいる。 ほんの少しの興味と、彼の言葉を確かめたいという気持ちから赤に染まった彼に近づき、胸のあたりに手を伸ばす。 心は何処にあるのだろう。 「貴方がそのような話をするのは珍しいな」 少し驚いたように目を見開き、そのあと優しげに微笑む。 「心は心臓のあたりにあるといわれているよ」 そこに私がいるのかい。そう問いかけると先程よりも大きく目を見開いた。 視線を泳がせ、滅多なことでは動揺しない彼は今は顔を真っ赤にしている。 ああ、これは面白い。 けれど、 けれど彼の言葉が真実ではないことが気掛かりになってしまった。 心は何処にあるのだろう。 彼はまた終わりを迎えた。しかし始まりを迎える、私の手によって。 心は何処にあるのだろう。 考える理由も探す意味も忘れた。 これで何度目だろう。 彼が死んで。私が繰り返して。 これで何度目だろう。 私が彼の心臓に触れるのは。 何故こんなことをしているんだろう?最初はきっと些細な事だった。 好奇心とそれから。 ただ、彼の心臓に私がいなかったことが哀しくて。 何度繰り返しても彼の心臓には何もなかった。流れる赤い液体も中身も他の人間と同じであった。 ああ、嘘つき 嘘つき! 時間は巻き戻る。 「心は何処にあるのだろう」 呟くルシフェルにイーノックは首を傾げる。 「お前は嘘つきだ」 いきなり嘘つき呼ばわりされイーノックは困り果ててしまった。 「ルシフェル、私は何かしてしまったのだろうか。」 心配そうにこちらを見つめる。青緑の瞳はいつ見ても綺麗だと思う。 「確かめたいことがあるんだ」 イーノックは、「そうか」と頷き、何だろうか私に出来ることなら何でも言ってくれと答えた。 手に握られたものに気付いていない。 「ありがとう」 私は躊躇わずイーノックを切り裂いた。 赤い液体が流れる。さっきまで輝いていた青緑の瞳は濁りきってしまった。 目的のものを探すため、小さなナイフで胸のあたりを刻む。もうとっくの昔に慣れていた行為だったので、すぐに見つけた。 「…ああ、今回もダメだったよ」 心臓に心は見つからない。存在は何処にも見当たらない。 戻そうか。左手を掲げ指を鳴らす。しかし時は戻らなかった。 まあ、いい。彼のなかに私がいないならもういい。 焼けるような臭いがしても、もう気にならなかった。 ――――― 心臓にこころがあるなんてファンシーじゃない 例えと真実をまぜこぜにしてしまった話 過去日記Log 0609 |