太宰×芥川 | ナノ

司書さんと一緒


【司書シリーズ】
 芥川さんの煙草の量が増えた。
 そのことに私が気付いたのは、彼に助手をお願いして、五日目のことだ。
「何か、不満なことでもありますか?」
 政府から届いた書簡を改めながら、司書室の本棚を興味深げに眺めている芥川さんに尋ねる。彼がこちらを振り返る気配がした。
 その間、封筒から三つ折りになった手紙を取り出し、開いていく。物云いたげな視線を感じながらも、私は顔を上げない。芥川さんが答えるまで、そのままのつもりだった。
「不満があるとするなら、喫煙室が一ヵ所にしかないこと、かな」
「大切な書物に臭いがついたら一大事ですし、万が一火事になったらどうするんですか。本当なら、火の取り扱いは必要最低限のものしか許可したくないんです」
 全館禁煙にするのが当然のところを、煙草愛好家の面々の気持ちを汲んで譲歩しているのだ。それをいい加減理解してほしい。このやり取りは、彼が帝国図書館にきて四回目だ。
「……わかったよ」
 溜め息混じりの声。私は芥川さんに目をやり、その整った顔が歪んでいるのを見た。わかったと云いながら、内心不満は消えていないらしい。これは、五回目が近いうちに来るなと察しがついた。
「で、それだけですか」
 書簡を全て読み終わり、重要なものだけを机の中にしまう。もう用の済んだものは、シュレッダーにかけておく。細切れになった紙は、後に再び、インクを除去して一枚の紙に再生することにしていた。
「それだけって?」
「不満があるんじゃないんですか?煙草の量が、一日平均二十本増えるくらいには」
「……目敏いよね、君」
 褒めているようで、その実呆れた声が呟く。褒め言葉でも皮肉でもどちらでもいいが、二十本増えたという私の観察結果は間違いではなかったようだ。
「最近、太宰くんのこと酷使し過ぎじゃないかい?」
 先ほどよりも低く、威圧感のある声が云った。芥川さんは口元を歪めて、私を見下している。
「……休息は充分にとってもらってるはずですが」
「だとしても、彼だけ異様に潜書の頻度が高いだろう。そのお陰で力はつけてきてるようだけど」
「それが目的ですから。もっと強くなりたいという、彼の希望に沿ったまでです」
 太宰治。この図書館にいる文豪の中では比較的遅れて転生した、つまりは新入りだ。早く周りに追いつきたいのか、彼は自ら実戦で経験を積むことを望んだ。こちらとしても力をつけてもらいたいと考えていたので、潜書が必要な際は優先的に彼を会派に組み入れていた。
 どうやらそれが、この佳人は気にいらないらしい。この、太宰さんと恋仲にあると噂されている人は。
 ふと、その時閃いた。
「もしかして、太宰さんと過ごす時間が減ったことが不満なんですか?」
 首を傾げつつ尋ねると、芥川さんは舌打ちでもしそうな顔で呻いた。
「わかってるなら、気を遣ってくれる?」
「わかったのは今です」
 やはり、二人は良い関係なのだろう。芥川さんを強く敬愛している太宰さんはともかく、まさか芥川さんが彼に惚れ込むとは思いもしなかった。こちらとしては仕事に支障がないなら何でもいいのだが。
「わかりました。本人に聞いてみます。芥川さんが寂しがっていたけど、今後も同じように潜書を続けるかと」
「云い方に棘を感じるんだけど」
「気のせいでは?」
 私はただ、ありのままの事実を口にしただけだ。
 時刻は昼の一時。そろそろ、潜書が終わり、会派が帰還する。その中には太宰さんもいる。
「出迎えに行きましょう」
 芥川さんがいれば、きっと太宰さんも喜ぶ。そう思い声をかければ、芥川さんは僅かに目元を緩めて頷いた。

「たっだいまー!」
 威勢のよい声は、太宰さんのもの。彼は私と芥川さんを見ると、ぱっと顔を明るくした。満面の笑みをもって、駆け寄ってくる。
「先生!」
「おかえり。太宰くん」
 目の前まできた太宰さんの髪を、芥川さんが撫でる。擽ったそうに、あるいは嬉しそうに太宰さんは目を細めた。そんな太宰さんを見る芥川さんの目は、いつになく優しい。
 二人から目をそらし、他三人に向き直る。
「お疲れ様です。全員、無事のようですね」
「おう。楽勝だったぜ」
 そう応えた花袋さんの顔には、言葉通り疲労の色はない。彼の隣にいる藤村さんもそれは同じだ。
「今回は、親玉の根城を見るけることができたよ。あと少しで、完全に浄化は完了すると思うよ」
「そうですか。それは何よりです」
 高村さんの言葉を受け、私は台の上に置かれた文学書を見た。濁った色が確実に薄まっている。
「なーなー。腹減ったんだけど、もう行ってもいいか?」
「ええ。昼食の準備はすでにできていますから、このまま食堂へ向かって下さい」
「よっしゃ!行こうぜ、藤村」
「うん」
 私の返事を聞くなり、二人は踵を返して食堂へと歩いて行った。
「君もお昼はこれから?」
「はい」
「なら、ご一緒してもいいかな?」
「喜んで」
 高村さんの誘いに頷く。
 後ろを振り返ると、芥川さんと太宰さんは未だ二人だけで何かを話していた。こちらの存在は、完全に眼中にないようだ。
 邪魔になるかと悩んだが、一言彼らにも声をかけておくことにした。
「芥川さん、太宰さん。昼食の時間ですから、食堂に行っていますね。お二人も後ほどいらして下さい」
「ああ、わかったよ」
 横目でこちらを見、芥川さんは返事をした。その目はすぐに、太宰さんに戻る。
「仲いいね」
 こっそりと呟いた高村さんの声に、嫌味はない。私はただ、そうですねと返した。

 食堂には、花袋さん藤村さんを含め、数名だけがいた。全員、一定の間隔をあけてテーブルについている。
 定められた昼食の時間からはすでに一時間が経っていた。他の面々は、食事をとり終えたのだろう。
 私と高村さんは、窓際の席に座った。
「今日も美味しそう」
 用意されたカツサンドを見詰めながら、高村さんは云う。
「献立表って、君が考えたの?」
「ええ。皆さんの好物を元に。今後、もっと増やしていくつもりです。何か希望があれば、仰って下さい」
「ありがとう」
「食事以外にも、飲料や調味料など、欲しいものがあれば用意しますので」
 手にしたナイフを、カツサンドに入れる。分厚いカツを、そのまま口に含めるほど、私の口は大きくない。
「調味料……ってことは、アレも君が用意してあげたんだ」
 高村さんの言葉に、顔を上げる。彼は、調味料一式が置かれた台を見ていた。部屋の片隅にあるそこには、砂糖、塩、醤油など、考えられるだけの調味料が鎮座している。
 その中で一際目を引くのが、一升瓶ほどの大きさがある、味の素の容器だ。赤い蓋と、瓶に描かれたパンダの顔が、嫌でも目を引き付ける。
「特注品です。毎食毎食、料理にかけて食べられる人がいるので、通常サイズでは間に合わないんですよ」
「その、誰かさんが来たね」
 食堂の出入り口を見ると、今まさに、芥川さんと太宰さんが中に入ってくるところだった。
 高村さんの云う誰かさんというのは、太宰さんのことだ。彼は前世から変わらず、食事には必ず味の素を振りかけて食べていた。
 図書館に来たばかりの頃は、太宰さん自身が味の素を持参していたのだが、あまりに消費量が多いため、こちらで用意することにした。その分の代金は、彼の同意のもと、給金から引いている。
「腹減ったー!」
 ラップのかかった皿を持って、二人は私達の近くの席についた。皿をテーブルに置くと、太宰さんは例の台に近寄り、味の素を手に取った。
「君、本当にそれ好きだね」
 テーブルに戻ってきた太宰さんに対し、芥川さんは小首を傾げて笑った。
「美味しいですよ!先生も試してみますか?」
「んー。今度ね」
「あ!なら、俺、味の素使ってぶりの照り焼き作りますよ。味の素使った料理の中だと、昔からの定番メニューなんです!」
「そうなの?なら、お願いしようかな」
「はい!」
 自身の好物の名前を聞いたからか。柔らかい顔で笑う芥川さんに、太宰さんもとても嬉しそうだった。

「太宰さん」
 夕方。たまたま通った道で、真っ赤な背中を見つけた。好都合だ。ちょうど彼に用事があったのだ。
「ん?何?」
 太宰さんは立ち止まり、振り向いた。
「お話があるのですが、いいですか」
「いいけど」
「潜書、だいぶ慣れてきたようですね。今日、一番戦果をあげたのは太宰さんだと聞いています」
「ま、俺は天才だからな!当然だろ」
 誇らしげに、太宰さんは胸を張る。
 私は本題を切り出した。
「では、そろそろ潜書の頻度を他の方々と同じくらいまで下げませんか?もう周りに引けを取らないほど、力はついたでしょう」
「……まだ足りねぇよ」
 途端に、太宰さんの声が低いものになった。彼は、その金色の眼を地に伏せ、何かを訴えるように拳を握りしめている。
「足りない、ですか」
「ああ、足りない。俺の今の力じゃ、まだまだダメなんだ」
 太宰さんが顔を上げる。
「あのさ、芥川先生って、俺らの中だとダントツすごいんでしょ?」
 唐突に出た芥川さんの名前。もしやと、一つの予想がたつ。
「……ええ。彼は実力、経験値ともに、群を抜いています」
「だよな。芥川先生だものな」
 云って、太宰さんは自分のことのように破顔した。 
「追いつきたいですか。芥川さんに」
 尋ねる。太宰さんは一瞬面食らったようだった。私をまじまじと見詰め、深く息を吐きだした。
「うん。まぁ、そうなのかな。追いつきたいというか……力になりたいっていうか。これから先、芥川先生に何かあった時、俺ができることは何でもしたいんだ。そのためには、力がいるだろ?だから、早く先生を守れるくらい、強くなりたい」
「そうですか……」
 この人は本当に、芥川龍之介という存在が愛しくてたまらないのだろう。力強くも穏やかな眼差しが、そのことを物語っていた。
「なら、そのことを芥川さんに伝えては?」
「へ!?な、何でだよ!カッコ悪いだろ、そんなことっ」
「ここ数日、貴方の潜書回数が増えたことで、私は芥川さんから苦言を呈されました。貴方を酷使しすぎだと」
「あ、芥川先生が……?」
「貴方と過ごす時間が減った。そう嘆いていましたよ」
 私の言葉に、太宰さんは心底驚いたようだった。目を大きくし、何度も瞬きを繰り返す。暫くすると、再び「芥川先生が……」と呟き、その頬を紅潮させた。
「ちょ、ちょっと、先生のところ行ってくる!」
「行ってらっしゃい」
 こちらの返事を待つことなく、太宰さんは駆け出した。
 これで二人の間でしっかりと会話がなされれば、私も芥川さんに睨まれなくて済む。
 その夜、私の部屋を太宰さんが訪れた。用件は、今までよりも潜書の頻度を落としてほしいというものだった。
「でも、やっぱり早く先生に並べるくらいになりたいから、他の奴等よりは多めに頼む」
「わかりました」
 それから、一週間。
 芥川さんの煙草の量が、以前と同じくらいに戻ったことに、私はすぐに気がついた。







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