太宰×芥川 | ナノ

指移し、口移し



 太宰は固まっていた。
 これでもかと云うほどに全身を硬直させ、寝台の上に正座したままぴくりとも動けずにいた。
 それもそのはず。今太宰の目の前では、長年憧れ、恋い焦がれてきた存在が、その白皙の肌を惜しげもなく晒し、くつろいだ姿を見せているのだから。
 普段、きっちりと着込まれている服は全て脱ぎ捨てられ、先程まで床に散らばっていた。それを恐る恐る回収し畳んだのは太宰で、今その服たちは綺麗に棚の上に置かれている。そしてその服の主は、持参した着流しに、こともあろうか太宰の見ているところで着替え始めた。憧れと同時に邪な恋情を抱く相手にそんなことをされては、冷静でいられるはずがない。それからというもの、太宰は彼・芥川がこの場にいるというだけで、まともに声を発することもできなくなっていた。
「わぁ、すごい。たくさん入ってるね」
 上機嫌で鼻歌まで歌いながら、芥川は大きな紙の箱を開けていた。中に入っているのは、色とりどりの包みに覆われたチョコレートだ。何でも、以前から司書に依頼していた品だそうで、今日ようやく届いたのだと芥川は嬉しそうに話してくれた。そして、一人で食べるのも勿体ないからと太宰と一緒に食べることを決めたそうだ。
「はい、太宰君。口開けて」
「え、あ、はい」
 芥川が手をつき、身を乗り出しながら太宰へとチョコレートを差し出す。包みから取り出された丸いそれを受け取ろうとすると、「ダメ」と叱られた。
「口開けてって云っただろ?ほら」
 口元へと、芥川の指が近付く。つまり、食べさせてくれるということなのだろう。所謂「あーん」をされそうになっているのだと理解して、太宰はかっと顔中が熱くなるのがわかった。
「せ、先生っ」
「早く。チョコ、溶けちゃうよ」
 慌てる太宰を見ながら、芥川は目を細めて笑っている。ああこれは、どうしたって従うしかないらしい。太宰がおずおずと口を開けると、つかさず芥川は隙間にチョコレートを押し込んできた。
「んっ」
 最後に指先が太宰の唇を軽く押し、離れていく。
その感触が暫くの間消えなくて、太宰はチョコレートを味わうどころではなかった。ただ、口の中でチョコレートをころころと転がしながら、芥川を見ることしかできない。
「美味しい?」
 そんな太宰の胸中を知ってか知らずか、芥川は無邪気に尋ねてくる。太宰は頷くことで、彼に答えた。
「良かった。んー僕はどれにしようかなー」
 唇を尖らせながら、芥川は箱の中の菓子を吟味している。
「あ、これにしようかな」
「あ、先生。それ多分、ウイスキーボンボンです」
「ウイスキー?お酒入ってるの?」
「多分」
 芥川の手にしたのは、円錐に近い形をしたチョコだった。よくよく見てみると、包みにウイスキー入りであることが明記されていた。
 芥川が大の甘党であり、かつ極度の下戸であることは知っている。だから、たとえ甘味であろうと、お酒が入ってる物は食べないほうがいいのではと太宰は考えた。
「お酒はやめておこうかな……」
「じ、じゃ俺食べます」
「本当?はい、どうぞ」
「…………」
 云いながら、芥川はまたしても、自らの手で太宰に食べさせようとしてきた。一瞬躊躇って、それから芥川の手に顔を近付けた。舌の上に、チョコレートが落とされる。
「可愛い」
 甘い声で呟かれた言葉に、驚いてチョコレートを噛み砕いていた。じわっと、口内に液体が広がり、アルコールの匂いが鼻孔を満たす。芥川はふふっと笑いながら、指先についたチョコを舐めとっていた。赤い舌がのぞき、先程太宰の唇に触れたものと同じ指をなぞる。芥川の視線は太宰を向いたまま、蠱惑的に微笑んでいる。
「っ……!」
 緊張が限界にきて、そして糸が切れた。
 今まで固まっていた体が嘘のように素早く動き、芥川の腕を捕らえた。折れてしまいそうな痩躯を引き寄せ、そして布団の上に押し倒していた。
 バラバラと、芥川の持っていた箱が彼の手から離れ、チョコレートが辺りに散らばる。だが、二人ともそれに頓着しなかった。
 見開かれた瞳が太宰を見上げてくる。何か云おうと開かれた唇に、太宰は自ら口付けた。
「ん……っ」
 舌を差し入れて、芥川のそれと絡ませる。太宰の舌先にはどろりとしたウイスキーとチョコレートが残っており、それを分け与えるように口付けを繰り返した。
「は……お酒はいらないのに……」
 キスの合間に、芥川は恨めしそうに云った。しかし言葉とは裏腹に、彼の舌はもっととねだるように太宰の口唇をなぞっている。
「すみません……」
「今度はちゃんと、甘いだけのチョコレート、君が食べさせて」
 するりと、たおやかに両腕が首の後ろに回る。太宰は息を呑み、「はい」と頷いた。周囲に散るチョコレートを一つ取り、まずは自分の口に放り込む。そして、それがただのミルクチョコレートだとわかると、太宰は再び芥川に口付けた。
「っ、ぁ……」
 チョコレートを芥川の口へと移し、溶かすように互いに舌を絡め合う。どろどろに溶け出したチョコレートが味覚を満たし、その官能的な甘さに思考がとろけそうになった。
「……美味しい、ですか?」
「うん……」
 先程芥川に尋ねられたように、今度はこちらから問う。芥川は満足気に吐息を漏らした。
「太宰君、知ってる?チョコレートには媚薬効果があるんだって」
「……そう、なんですか」
「うん、本当かどうか疑問だったけど、あながち嘘じゃないかもね。君の反応見てると」
 ちゅっと、やけに可愛らしいリップ音がした。
「太宰君、続けて」
「っ、はい」
 乱れた着流しからあらわになった芥川の脚が、太宰の脚に絡みつく。
 ベッドの上に散らばるチョコレートがなくなるまで、その秘め事が終わることはなかった。







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