太宰×芥川 | ナノ

司書さんと一緒2


【司書シリーズ】

 太宰さんの様子がおかしいと聞かされたのは、彼が潜書から帰ってきてからだった。
「こっちっす!」
 太宰さんと共に有碍書の浄化にあたっていた三好さんが、早く早くと私を手招く。小走りでそちらへと向かい、私は膨らむ不安を押し殺すのに必死だった。
 その日の潜書は、決して難しいものではなかった。該当の書物にはすでに何度も浄化を試みていたので、侵蝕者のレベルも把握している。潜書前の全員の状態も、良好なものだった。あと数回で完全に穢れを取り除けるとあって、各自張り切っていたことを覚えている。
 浄化そのものは成功したと聞いている。可能性として考えられるのは、太宰さんの侵蝕が重度のものになっていることくらいだ。
 三好さんに尋ねてみたが、「とにかく様子がおかしい」としか答えてくれなかった。
 三好さんが曲がり角を曲がる。私もそれに続く。廊下の壁に背を預けるようにして、太宰さんが膝を抱えて座り込んでいた。
「……織田さん」
 太宰さんの傍らには、織田作之助さんの姿があった。彼は膝をつきながら、太宰さんの肩に手を置き、何事かを囁き続けていた。
「オダサクさん!」
 三好さんの呼びかけに、彼は顔を上げた。
「おおきに、三好クン。お司書はん、呼んできてくれて」
 どうやら、織田さんが三好さんに、私を連れてくるよう頼んだらしい。
 織田さんは立ち上がると、私の前まで歩み寄ってきた。
「太宰さん、どうかなされたのですか?」
「んーちょっと、頑張りすぎたんやろな……。多分、侵蝕の方は大したことないと思うんやけど、お司書はんの目から見てどう?」
「……ええ。気にする程でもない、軽度のものです。耗弱状態になるにはほど遠い」
 太宰さん自身からも、そして彼の魂の依り代でもある文学書からも、穢れの気配はほとんど感じない。
「やったら、ちょっといっぱいいっぱいになっとるだけやな……」
「……太宰さん、何かあったのですか?」
 耗弱、あるいは喪失の状態を除けば、太宰さんはいつでも快活な人だった。お調子者と云ってもいい。場を賑やかにさせることが得意で、そのためなら己が道化のような役割を演じることも厭わない。宴会の席で、何度かそのような場面を目撃していた。
 そんな彼が、体を小さくして沈んでいる姿など、見たことがなかった。
「太宰くん、ああ見えて真面目なんや。真面目で、気遣い屋。だから、頑張って頑張って、そんで気付いた時には限界迎えとる」
 織田さんは苦笑し、優しい声で云った。彼の視線の先では、三好さんが恐る恐るといった様子で、太宰さんの様子を窺っている。
「不器用ですね」
「ほんまに」
「……貴方もですが」
 私にとって、この織田作之助という文豪は、最も長い付き合いになる相手だ。初めて、私一人の力で転生させたのが彼だった。それから、半年という時間を共に戦い抜いてきた。その中で、彼がどういう人間かは、少なからず見抜いているつもりだ。
 自分が負傷しているにも関わらず、笑顔で誤魔化し、他の人の浄化を優先させる。限界が来ても、弱音を吐かない。そんな彼を無理やり寝台に押し込んだことは、一度や二度ではなかった。
 太宰さんといい、織田さんといい、普段は飄々としているくせに、根はどうしようもなく不器用だ。
「無頼派というのは、皆さんそうなのですか?」
 溜め息混じりに呟くと、織田さんは大袈裟に肩をすくめた。
「めんどーやろ?」
「ええ。面倒で、それゆえ目が離せません」
「アンタもたいがい、世話焼きやな〜」
「仕事ですから」
 私が思ったままを口にすれば、なぜか織田さんは噴き出した。何がそんなに面白かったのだろう。
「ま、侵蝕が大したことないんなら、何よりや。太宰くん、休ませてくるで」
「はい…………あの」
「ん?どないした?」
 太宰さんの元へ行こうとする織田さんを、思わず呼び止める。しかし、私はその後を続けることができなかった。
「いえ、何でもありません。太宰さんをお願いします」
 織田さんは穏やかに笑って、手を振った。
「三好クン、手伝ってや」
「え、はい、了解っす」
 織田さんに手を引かれ、三好さんに付き添われながら、太宰さんは廊下の向こうへと消えていった。結局、彼が顔を上げることも、声を発することもなかった。
 私は一つ息をつき、そして、先ほど走ってきた道を戻ることにした。
「……良かったんですか。声をかけなくて」
 曲がり角を曲がる時、私はそこにいるであろう人物に、そう声をかけた。
「いいんだよ。今は」
 答えたのは、潜められた声だった。
 火のつけられていない煙草を指に挟みながら、そこに立っていたのは芥川さんだ。
 壁に寄りかかりながら、彼はこちらを見ることなく、云った。
「今の僕があの子の傍に行ったら、きっとお互い引き摺られちゃうだろうから」
「引き摺られる、ですか」
「うん。僕には、あの子を引き上げることはできないからね。君も、困るだろ?」
 問われて、私は何も返事ができなかった。
 芥川さんと太宰さん。互いに引き摺り合い、その先に何があるのか。理解できるほど、まだ私は彼らのことを知らない。
 くるりと、芥川さんの手の中で煙草が回る。白い管を弄びながら、芥川さんは瞼を伏せ、図書館の床を見詰めていた。
「本当は抱きしめてあげたいんだけど……それはもう少し後にしようかな」
 芥川さんの口元に笑みが浮かぶ。
「太宰さん、今回の潜書でも、誰より活躍したそうです」
「へーそう」
「褒めてあげて下さいね」
「うん。そうするよ」
 上着を翻し、芥川さんは背を向ける。その後ろ姿を見送り、私は深く息を吐いた。
 やはり文豪という存在は、一筋縄ではいかない人物ばかりのようだ。









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