誕生日プレゼント
今日はラーサーの誕生日だ。
だから彼はいつもの執務もこなしつつ、食事会や国民へ顔を出すような催事、他国からのお呼ばれに丸一日忙しそうだった。まあもう彼はアルケイディア帝国の皇帝なので、立場上しょうがないといえばしょうがないのだろうが・・・・
丸一日でそもそもすべてを終わらせようと計画する辺り、他の業務もなかなか詰まっているのだろう。そしてそれに同行して回るバッシュさんはさすがとしか言いようがない。大変だろうに、本当に怠慢をあまり知らない人だ。
そして私はというと、窓の外を眺めながらぼうっとしていた
お前も働けよと思うだろう。私もそう思う。だが私はこの帝国の城に居るにも関わらず、なんの役目も背負っていないのだ。つまり仕事はないし、誰かの作業に手を出すということも出来ない。半端な立ち位置である以上何も手出ししてはいけないのだ。
この世界にトリップをしていままで色々あったが、なんだかんだ今のこの環境が一番精神的には苦痛かもしれなかった。衣食住が保証されていて、ラーサーに頼めば必要なものは与えられる。しかしそのお礼に私は何もできない。
城を出たいのだがこの世界で一人で生きていくにはやはり、戸籍みたいなものがあるようだった。私にはそれがないし、かといってモンスターを狩りつつどこかの小さな集落で暮らせるほど強くない。強くなろうとはしたのだが、ラーサーに尽く危険だからと刃物を取り上げられた。いや・・・・そりゃモンスター相手にしたいんだもん、刃物持ってなきゃ逆に危険だよ・・・
魔法はもともと使えないし、文字もかけない。いや、ある程度は私も勉強しているので、読み書きは若干できるのだがやはりアルファベット?とはまた違う文字をしてるようで、なかなかきれいにはかけない。ただ、会話は何不自由なくなぜかできているので、今のところは困ったことはない。
とにかく、この現状をどう変えたもんかと頭を悩ませる日々である
飛びぬけて強いならば兵士になる手があった。頭がめちゃくちゃ良ければどうにか政治にかかわれたかもしれないが、そもそも身元不明の人間がそんな大事な役目をもらうことなんてできないし、普通に考えたらこの世界で産まれて育ったわけではないので、私の世間知らずさと言えば頭おかしいんじゃないの?と言われてもおかしくないレベルである。悲しきかな、今この城にいてできることはないので、やはり出ていくしか生き方はないのだ。
誕生日すらささやかにとはいけないラーサーの好意を受け取るには、もう貰ったものが多すぎた。
彼の誕生日に私という重荷をひとつ、減らそうではないか。身元不明な私がこの城の中で動くことを良しとしない人間は沢山いて、バッシュとラーサーも私をここに置くために皆を説得するのには疲れただろう。
「出ていくかぁ」
ささやかな決意だった。
夜、ラーサーが私の部屋を訪ねてきた。彼は毎日私の顔を見にこの部屋へ来る。気にかけてくれているのだろう、よっぽど出張とかでない限りは今日一日あったことを彼は聞きにきてくれていた。
だがそれも今日で終わりだ
今日の彼の忙しさを目の当たりにしてわかった。私はここにいるべきじゃないし、もっと他にできることがあるはずだから、どこか彼に迷惑のかからないようなところでなんとか生きて行こうと思った。当てはないが、小型のモンスターなら狩れる。小型のモンスターが狩れるなら多少の収入も望める。とにかく帝国を出よう。
いつものように笑顔で部屋を訪れたラーサーに、私は少々躊躇いながらも、この城を出ることを伝えた。
そうしたら、彼は途端に絶望したような、信じられないものを見たかのような顔をする。
「どうして・・・?このまま帝国に居たらいいじゃないですか!」
「いや、迷惑かなって。私だけ国に貢献できなくって、正直辛いの。そもそも身元不明な私がここにいること自体おかしな話じゃない?」
「迷惑だなんて思っていません。僕が居てほしいからこの場所を用意した、ただそれだけのことです。身元不明でもあなたのバックには僕がいますから、変なことは誰にもさせません」
「でも・・・ラーサーに頼りっきりっていうのは心苦しい。自分の力で生きていきたいの」
「僕がそれを許してもですか?」
「うん」
「・・・・・・・・・・・」
ふと、ラーサーは考える仕草をした。少し目線が斜め下に行って、口がうっすらと開く。彼が考えているときの癖だ。
正直こんなに引き留められるとは思わなかったが、決意の変わらない私を見て何か思うところがあるのだろうか。別にこの城をでたからといって、もう彼と会えなくなるというわけではないのだから、気軽に見送ってくれたほうが私としてはありがたかったが・・・
彼がこの後どう発言するのか少々不安で、無意識にじっとラーサーを見つめてしまっていた。すると、数秒後にパッチリと目が合う。
そして彼はこういった。
「そういえば、今日は僕の誕生日だったんです」
「?・・・知ってるよ?」
「プレゼントを所望しても?」
「・・・・・・変なものじゃなくて、私が準備できるものなら、いいけど・・・」
嫌な予感がする
彼はうっすらと笑みを浮かべたまま、私の両手を掬うようにして持ち上げる。そしてそのままぎゅっと握りこんだ。彼とこの世界で出会ったころはまだ少年だったが、やはり男の子なのだ。数年でメキメキとめざましい成長を遂げた彼の手はとても大きく、また力も強い。
何故だろう、まだ何か言われたわけではないのに、本能的に「逃げ道が消えた」という恐怖がじりじりと足元から這い上がってくる感覚があった。
そしてその恐怖は、間違っていなかったようだ
「あなたをください」
「・・・・は、ぁ?」
「ななしさんをください。そのままの意味でとらえてもらって結構ですよ?貴方をソリドール家に迎え入れたいと思ってます。そうすれば役目で悩むこともないですよね?ここにずっと、居てくださいますよね?」
何を頓珍漢なことを!
そう思ったが、今の私には驚きやら恐怖やらで混乱が邪魔して、何か言おうにも口が開かなかった。
私の手を握ったまま、彼は恍惚とした表情を見せる。はじめてみた、彼の、こんなかお
「僕に頼って生きてください。自立なんてさせませんし、この要塞から出ることも許可できない」
貴方の世界はこの僕だけだ。
「ねぇ、いいでしょう?ください、僕にプレゼントを」
拒否したらどんな目に遭うか、想像しただけでも恐ろしい。ここで「拒否権なんてないくせに!」と怒ることが出来たらよかったのかもしれなかったが、彼は国の最高権力者であり、武人でもある。力でも知恵でも権力でも勝てはしないし、ましてや逆らうことの許されない部類の人種だ。
口をはくはくとさせて、悲鳴すらあげられない私に、ラーサーは相も変わらず嬉しそうに笑って私を抱きしめた。
「あなたの居場所はここだ」
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