誘拐
ぐらりと大きく傾いた体に「おかしい」と感じたのはそう遅くはなかった。
しかし今日は珍しくイタチが私の家に来ており、任務もなくのんびりと過ごしているのだ。眩暈だの眠気だのと口にしたくはなかった。せっかくの休日が台無しになってしまう。
私の部屋で待っているだろうイタチのもとに、飲み物と一緒には持っていけなかったお菓子を両手で持ってむかった。お盆がどこかへ行ってしまったので飲み物やお菓子を運ぶのが大変だ。きっとたぶん、母が祖父の部屋に持っていったっきりなんだろうと思う
彼の好きな団子を机において、さきほど飲みかけていたお茶をすべて飲み干す。そしてまた自分の分を注ぎ足した。
「ねぇ、イタチ。今何時くらい?」
「急にどうした。眠たいのか?」
「いや、なんとなく」
「まだ昼前くらいだろう」
そうだよね。まだお昼にもなってないよね。
眉間にしわを寄せて昨日を思い出す。しかし昨日といえば特にきつかった任務があったわけでもなく、夜更かししていたわけでもない。疲れるようなことをしていない上に睡眠はちゃんととっていたのだ。
なのにどうしてこんなに眠たいんだろう
尋常じゃないほどの眠気に瞼も少しずつおりてくる。これはおかしい。立つこともできないだなんて。
「イタチっ、」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「なに、いれたの・・・・・!」
体が言うことを聞かずに、畳の上へと倒れこんでしまう。瞼もあがらない。かろうじて意識だけはつなぎとめているが、これもいつまでもつか分かったものではなかった。
相当強力な睡眠剤か、それなりの量の睡眠薬が入っていたか。
イタチが近づいてくる気配を感じて逃げようにも、指先ひとつ動かすのでさえ相当な体力を使う。してやられたのだ。
「どうして・・・・・・・」
「寝てもいいんだぞ」
「っ、ばかっ」
何がなんだか、何をされるのかわからないというのに、頭がぼんやりしてまともな感情も働かない。怖いとは鈍く感じるのに涙は出ない。頭がガンガンする。
なんでこんなことしたのよ。そういいたいのに口はちっとも動かなかった。
イタチは口を動かしたいのがわかったのか、あえてまともに言葉も紡げない口にキスを落とす。ああ、こんな状況じゃなければときめきの一つや二つ、簡単にしていたことだろうに。目の前がぼやけることしかしない
「お前の答えなどわかりきっている」
ゆっくりと体を浮遊感が襲う。イタチが大切そうに私を抱えた。
「これからどれだけ大変な目に遭わせるのか、それも理解してるつもりなんだ」
ねぇ。わかりきってるからって、伝えなきゃいけないことは伝えてくれないの
「お前は俺に着いてきてはくれないだろう」
ならば無理にでも攫おう。
一族を殺した俺をなまえは怯えた目で見る。予想だとは言ってもなまえはそういうやつなのだろう。そんな俺と共に来てくれと頼んだところで、彼女がひとつだって頷かないのは百も承知なのだ。
だから薬をのませた。臭いも味もないものだった。後悔なんて、していない。
するのはきっとこれからだ。
意識の完全に落ちてしまったなまえを抱えなおして、窓から外へと飛び出した。