joke


「にじゅうに」

二人きりの教室で、唐突に赤司がぽつり呟いた。
今日は部活が無かったのだが、予算のことなどを話し込んでいたらいつの間にか西日が差し込むような時間になってしまっていた。
机の上の紙やらを片付けていた手をはた、と止めて緑間を赤司を見る。

「なんだ?」

「ん?にじゅうに、と言ったんだよ」

別段気にした風もなく、赤司はそう目を細めた。
彼はゆったりと伸びをして、こちらに視線をあげる。

「どういう意味なのだよ」

「そのまま数字と受け取ってくれれば良い。」

「ニ十二?」

「ああ」

僅かばかり愉快そうな赤司は机を挟んでだが身を乗り出してくる。

「君と俺の身長差さ。」

「…ニ十二センチメートル、ということか」

「そうそう」

合点がいって頷く。
だがどうしてそんなことを言うのか。
不可解で微かに首を傾げれば、赤司は口を開く。

「俺は緑間が羨ましいよ」

「…冗談はよせ」

「どうして冗談だと思う?自分が持ち得ない高身長を羨むことは可笑しいかい」

それは可笑しなことなどひとつもなかった。
だが、赤司がとなるとまた話は別なのだ。
彼が誰かを羨むなどあり得ない。絶対的な権利を持ち、揺らがない正しさ。
それが赤司を構築するものであり、彼自身が武器に、振り翳してきたもの。
何より、その冷たい光を帯びた赤い瞳を見れば、すべてがわかる。
他人に興味などないと。
赤司征十郎は、そういう人物なのだから。

「そんな目をしておいて、よく嘯けるな」

「どんな目をしてる?」

きゅう、とまた赤司の瞳が細まった。
楽しげに楽しげに。
緑間は軽く眉を寄せ、それを煩わしいと思った。
こういった表情をする赤司は面倒なのだ。
いろいろ、と。

「人を見下している」

「まさか。」

「俺をからかって、面白いのか?」

「からかってなんかないさ。純粋に羨ましい。他意なんてないよ?」

薄い唇が歪んだ。
愉悦の表情。

「…背丈に勝ち負けなどない。高ければ高いなりに、低ければ低いなりに長所と短所は混同する。」

「知っているよ。馬鹿にしているの?」

「ちがう。お前は小さくも大きくもないのだよ?」

そう付け足せば、赤司はふふふっと笑った。

「緑間ったら。焦ってるのか?かわいいな」

「かわ…?可愛いなどと、大の男に使う形容詞ではないだろう」

「かわいいよ。」

有無を言わせないかのような声音だった。
ぐう、と押し黙る。

「…お前はそう…。」

「ごめんね?」

「微塵も本意が感じられないのだよ。」

もういい、と告げて鞄を閉める。そして掴んだ。

「まだ良いじゃないか」

帰ることを惜しむかのように、宥めるように。
赤司はすとん、と机の上に腰を下ろす。
普段なら、行儀が悪いなどと咎めていたかもしれないが、そんな気力もない。

「みどりま、」

ここへおいで。
とんとん、と軽く真横を叩かれては、抗いようもなかった。

「…今日だけだ」

「はは、優しいな」

「…好きに解釈しろ」

「緑間はあたたかいね」

ぴたり、とくっつかれる。緑間はどちらかと言えば、低体温気味だ。
だが赤司がそれを上回るのだろう、頭をすり、と腕に擦り寄せられる。

「…や、めろ…!」

「どうしてだい?」

「意味、が無いのだよ…」

「あるさ。」

「なに…?」

「俺が緑間を好きだから」

は、と思わず間抜けな声音が零れ落ちた。
今彼は何と言った?
恐々問い返す。

「…何だと?」

「いやだな、何度もいわせるなよ。好きだと、」

「それこそ、酷いジョークなのだよ…」

辟易して、宣う。
表情は伺えないが、顔を押し付ける彼は随分とご機嫌に見えた。
だが幾分か真摯な声が、まさかと否定をする。

「酷いな。俺の本気をジョークにするなんて」

「どこが本気なのだよ」

「ふ、ぜんぶさ」

もう訳がわからない。
いつも得体が知れない彼だが、今日は更にだ。
身体はまだ強張っている。

「なあ、緑間は他者に触れられるのが嫌か?」

「は…?」

「俺が触れ合った瞬間から、身体に力が入った」

「っ、」

どうしてそういとも簡単に、それらを射抜くのだ。
誰にも見抜かれなかったことを、易々と。
この、男は。

「…あかし」

掠れた声が出た。

「ふは、そんなことに気が付く、俺が憎い?」

今日の彼はよく喋る。
どこか可笑しかった。

「憎くは無い。ただ…」

緑間はそっと赤司の旋毛に唇を落とした。

「…厭なことが何かあったのか?…と、感じた」

すると途端に彼は身を跳ねさせ、がばりと顔を上げた。そうしてすぐに緑間を押し倒した。
机に頭を強かに打つ。
一瞬目の前が暗くなる。

「っ、た、」

「八つ当たりだよ。お前を傷付けてやりたかった。」

それだけだよ、と聞こえた声は震えていたのに、表情は冷たく整っていた。
張り付く笑みはいつものもので、それがとてつもなく緑間には恐ろしかった。

「…悟いのも考え物だね」

「お前に言われたくない」

「そうか」

噛み付くようなキスをしてきた赤司に、緑間はされるがままだった。

「ん、んく、っ」

「やっぱり、羨ましいよ緑間。ニ十二センチは」

「…は、…まだ言うか」

「こうしてお前を見下ろせるのならね」

「戯れ言を…」

「そしてお前はかわいいよ。…好きなのは、」

「嘘、だろう」

シニカルに唇を歪めれば、赤司は頷くのだ。

「ああそうさ、嘘だよ」

「…。」

にこりとまた笑い、キスを至るところに施しながら、懲りず嘯くのだ。

「愛しているの、間違いだったかな?」








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