いとしい気持ち それはたまたま部活が休みの前日のことだった。 クラスメイトと漸く予定が合うからと、どこかに行こうと計画していた。 「どこ行くどこ行く?」 「なんかたのしーとこ」 「だっからどこだよそれ」こういったことは大抵高尾は人任せである。 別に意見しなくとも決まるものは決まる。 それに明確な希望もない。 「で、結局何人で行くん」 尋ねれば、その場にいた四人とまだ増減はあるらしい。なら映画などは避けた方が良いであろう。 とぼんやり考えていると、緑間が帰り支度をしているのが目に入った。 放課後なのだから当たり前だが、気になる。 「なあ、緑間は誘わねーのか?」 取り敢えず聞いてみる。 「えー…、誘ってもいーけど俺ら話したことないし」 「ぶっちゃけ近寄りがたいよな、オーラとか」 「ああ分かる。返事とかいっつも短いしな」 内心高尾も同意していた。やはり近寄りがたいのは事実なのである。 だがまあ物は試しだと、高尾は今まさに教室を出ようとする彼を呼び止めた。 「緑間」 「…なんなのだよ。」 彼が立ち止まったのを見てから、切り出す。 「明日ひさっしぶりのオフじゃん俺ら。だからどっか行かねえかって話してたんだけどー…。緑間どうする?行かね?」 クラスメイトたちははらはらとしたようにこちらを見詰めている。 緑間は少し思案したような間のあとに、 「…用事があるのだよ」 と告げた。 やっぱりなと思う反面、嘘かもなと思った。 用事などなく、単に行きたくないだけではないかと。考えても栓無いが。 「そっか。ならしゃあねえな。引き留めて悪かった」 「…ああ」 「じゃあな」 「ああ」 緑間はさっさと行ってしまった。クラスメイトたちは止めていた息を吐き出すかのように息をつく。 「うは〜、なんか無駄に緊張したよなあ」 「行くって言ったらどーしようかと思ったわ」 「でもちょっと興味あるよな、あいつの私服とか」 「はは、だなあ」 案外高尾のように深読みするような人物は少ない。 皆、根が良い奴らだ。 「で、どこ行くんー?」 結局皆でボーリングに行くことになり、その帰り道。ファミレスの前を通り掛かると、緑間がそこから出てくるのが見えた。 (あいつでもファミレスとか行くんだ) イメージが沸かなかった。ふと彼の隣を見ると、負けず劣らず長身な、金髪の美青年が並んでいる。 (あ、れは確かキセキの世代のひとり…) 黄瀬、と言ったか。 どうやらふたりでファミレスに居たらしい。 高尾も深読みは珍しく外れることとなった。 彼は本当に用事があったから断ったのだ。 (ま、んなことはどーでもいんだよね、正直。) ふたりは別れるらしく、緑間は遠ざかっていく。 視線を逸らそうとして、ばちり。黄瀬と目が合った。 (う、おー…。なんかばっちり合っちまったぞ) 「あー!君!」 いきなり顔を輝かせた黄瀬は、ぱたぱたとすばしこくこちらに駆けてきた。 思わず身を引く。 「秀徳高校のPG、高尾くんッスよね!?」 「あ、はい。まぁ…」 「会えて光栄ッス。俺、」 「…海常高校の黄瀬涼太、でしょ?」 そう言えば、目をぱしぱしとされた。睫毛が長い。 緑間とどちらが長いのだろうなどと不毛なことを考えていると、 「知ってたんスか!?」 「いや、ふつー気付くでしょ。あんた目立つし、かなり有名だし」 「そっスかね?いや、高尾くん冷静ってかあんま反応無かったから、知らないのかな〜と。」 別段驚きが無いわけではなかったのだが。 「キセキの世代のひとり、だろ?」 「……まあ、一応。」 歯切れ悪く言ってから、一緒にいいスかと尋ねられたから頷く。 たまたま本屋に寄ろうとしていただけだ。だから緑間とは逆方向になった。 「…久しぶりに、緑間っちと話したんスよ」 「約束してたんだ」 「違うっス。偶然あのファミレスの前歩いてたら、緑間っちが見えたんで、相席したまでで」 (ん?じゃあ用事って黄瀬とのことじゃねぇんだ) ここまで拘る必要もないが、気になった。 「高校のこと今日聞いたら、楽しいみたいで、安心したッス。ほら、あの人ちょっと変わってるじゃないスか。だから浮いてないか心配で…」 「楽しい、って緑間が言ってたん?」 「言ってなかったっスよ。でも学校のことたくさん話してくれたし。高尾くんの話がかなり多かったな〜」 緑間が楽しいと? いつも仏頂面面で寧ろ浮いてすらいるのに。 話し掛けられても短い返事しかしないのに? 高尾との距離感だって、一線置いた付き合いだ。 それをどうして…。 「そういや今日遊ぼうって緑間っち誘ったんでしょ?断っちゃったって、残念がってたッス。」 「あいつは用事あるから、って言ってたけど」 「んなの嘘に決まってるじゃないスか〜」 やっぱりな。 行きたくないから断ったんだ。そう思って、どうしてだか安堵したかった。 「高尾くんの他にも何人か居たんでしょ?その人たちが自分が居ると気を遣わせるだろうからって。」 「…遠慮したの?」 信じられない、というような高尾の声音に、黄瀬は苦笑いを溢した。 「不器用な人ッスからねぇ。上手く言えなかったんでしょ。だからぶっきらぼうになっちゃって」 「…そんなの知らねえ」 「そうスね。知らなくて当たり前。分かりにくいし。でも気が付いたら、なんだか愛しくなるでしょ?」 黄瀬が浮かべた微笑みは、あまりに優しかった。 泣きそうになるくらい。 「他人のことなんかどーでもいい、興味ないみたいなのに案外見てる。そうゆう機微には気が付くッス」 きっと黄瀬には、緑間に何かしら救われたことがあるのだろう。 その優しさで。 「こんなん、俺が言うべきことじゃないって分かってるスけど…。でも、高尾くんになら言いたいな」 「…なにを?」 「緑間っちともっと話してあげてください。そしたら、もっとわかるはず。この気持ちも分かる」 いとしい気持ちが。 黄瀬は心臓の辺りを押さえて見せた。 こんな風に言われるのは、大坪に続いて二回目だ。 なんだかんだ彼はやはり注目され、高尾が考えるより遥かに愛されているのかも、しれない。 了 |