素敵な日だから 昼休み、弁当も食べ終わって寛ぎタイム。 高尾と緑間は近くに居たとて、別段二人で何かするということもない。 緑間は緑間でいつものように文庫本を取り出し、読書に耽るようだ。 (あいっかわらず睫毛なげぇなあー) 高尾はそれを腕を組みそこに頭を乗せながら、上目遣いに見詰めた。 同じ机上でやっているのだから、必然的に距離感はかなり近い。その距離に違和感を抱いていないのは、当人たちくらいだが。 (瞬きするたびばっさばさしてんじゃん。邪魔じゃねえのかね) 自分はそんなに長くないから、不思議な心地だ。 (てか、かわいー。真ちゃん美人さんだよな…) と緑間が聞いたら憤慨しそうなことを平然と心中で思い浮かべる。 高尾は盲目的に緑間が好きだったからなのだが。 (こっち向かねぇかな。てか向けーこっち見ろ!) なんてあり得ないことを念じてみる。彼は集中し出すと暫く意識を外さない。 高尾のことなどフェードアウトなのだ。 「…、」 「っ、ぁ」 ぱちり、と。 まさかまさかで目が、合った。ばっちり。 きれいな真っ直ぐな目が、ばちりと射抜いてくる。 心臓いたい。 息が止まりそう。 (な、んで。ちょ、もうなんなん真ちゃん…) 何を思ったのか、緑間はかちゃりといつもしている眼鏡を外した。 見えないのか、眉が下がり目が細められて、どこか切なげな表情にすら見える。 「な、に、」 そんな顔されたら、たまんねぇよって。 ぼやこうとしたら、その前に視界がぼやけた。 一瞬ぽかんてなる。 「ぅ、あ…?」 「ふ、間抜け面だな。」 あれ、いま真ちゃん笑った?見えないけど。 なんてのは当然で。 緑間の外された眼鏡は、いま高尾の眼前にある。 だから視界はぐにゃぐにゃで、貴重な彼の笑顔が見えなかったのだ。 「ちょ…!」 周章てて眼鏡をずらせば、緑間はむぅと拗ねたように唇を尖らせた。 「取ったな?」 「えぇ、駄目なん!?」 「だめだ。」 きっぱりと言い切る。 机を挟んだこの距離ですら、高尾のことがよく見えないらしい。 僅か焦点の合わない柔らかな瞳が、こちらを見る。 「…なーに。」 「ちゃんと掛けろ。」 「やだよ。俺目ぇだけは良いもん。真ちゃん見えなくなっちゃうからやー」 と暫く押し問答が続いたが、どう頑張ったって高尾が緑間に甘いのだ。 折れるのは目に見えていて。しぶしぶといった調子で高尾は眼鏡を掛ける。 「もう、しょうがないなあ真ちゃんは。」 「俺がわがままみたいに言うのは止すのだよ」 「無自覚なのがわがままなのだよ?」 「真似をするな」 ぼんやりとした視界。 今までクリアな中に居たから、まあ緑間の居る位置は分かった。 たぶん彼もいま、高尾と同じ状態だろう。 眼鏡が無いから、ぼやけて上手く見えない。 「てか真ちゃん、くらくらしてきたんだけどー」 「それで構わない」 「俺は構うの!」 なんてまた言い合っていたんだけれど。 ちゅぅって。 唇に柔らかな感触。 あまやかな香り。 さらり、と頬を擽っていったのは、艶つやな緑間の髪の毛で…。 「ぅあ…!?」 「…失礼な反応なのだよ」 「やっ、だって真ちゃん今さあ…!」 未だ感触残る唇を掌で覆いながら、たぶん真っ赤になっただろう顔を緑間に向ける。視界はぼやけたままだったけれど。 「…たまには、俺からしたって、良いだろう…?」 ばっと眼鏡を外す。 すると、顔を背けている緑間が目の前に居た。 「う、うん!!ぜんぜんいーよっ、てか毎日でも…!」 「調子に、乗るな」 「ごめん、て」 辛うじて見える形の良い耳は、真っ赤だった。 色白だから目立つのだ。 なんて可愛らしい。 高尾もつられてしまう。 (ちゅうしたかったから、眼鏡俺にさせたんかな…。恥ずかしくって、かお、見られたくないから…?) なんて考え出したら、もう、堪らない。 「…真ちゃん、すき」 「っ、きゅうになんだ」 「かわいい。ちゅうしたいけど恥ずかしくて頑張った真ちゃんが意地らしい。」 「…ばか尾め。分かった風に言うな」 「ちがうの?」 首を傾げれば、うぅと緑間は言葉に詰まる。 「…ちがくは、ないのだよ…。」 なんて呟かれたら、もう抱き締めるしかないよね? 抱き寄せてから、耳元で優しく尋ねた。 「ねえ、なんで急にキスしてくれたの?」 「…の日だから、」 「え?」 「今日は俺と、お前の、日だから…」 ばっとスマホを取り出し、待ち受けを見る。 10月6日。 …確かにふたりが背負う背番号の日にちである。 思わず、噴き出した。 「ぶはっ、真ちゃんってまじかぁわい!」 「わ、笑うな!!」 「はいはい、ごめんよ」 言いながらも、抱き締められた腕は振りほどかないのだからかわいい。 「俺たちの記念すべき日なんだから、いっぱいいちゃいちゃしよーね!」 「…そう、だな」 真っ赤な頬っぺたなまま、ぎこちなく頷く緑間の頭を高尾は優しく撫でたのだった。 終わり ちなみに、緑間が6月10日もそうだなと言い出したのだが、それは高尾が全力で否定したのはまた別のはなし。 そしてここが教室だと思い出すのは、また先のはなし。 |