愛されてます。 黄瀬はやたらとスキンシップが多い。 それは出会ってすぐに知れたことで、主に絡まれるのは黒子や青峰であったから、あまり気にしたことはなかった。だがその標的(黄瀬はなんら意識はしていないのだろうけど)が自分になったとなれば、話は別というものである。 「緑間っちー!青峰っちと黒子っちがいじめてくるッスよ〜!」 そんな情けない叫びを上げながら、目に止まったのであろう緑間に抱き付いてきた。ふわり、首回りに彼の腕が絡む。 ここは昼休みの屋上で、なんの因果か弁当を食べていた。バスケでも会うというのに、緑間、黄瀬、青峰、黒子の四人で。 くらり、としたのは夏の日差しのせいだけではなかっただろう。 比較的日陰に座る緑間は一瞬だけ目を見開いた。 「っ、」 「ばっか、苛めてなんかねーよ。ただお前の弁当貰っただけじゃねえか」 「ちょっとならあげるッスよ!!でも今青峰っち、サンドイッチ二個も取ってったじゃんかあ!」 「きゃんきゃん吠えないでください、黄瀬くん」 「黒子っち毒舌すぎ!慰めてほしかったッス…」 向かいに座る二人は何食わぬ顔をしている。 うぅ…と項垂れた黄瀬は、緑間の肩に顔を埋めた。 「緑間っちぃ…。慰めてくださいッス…」 「…暑苦しい。離れろ」 「デレが欲しいっ!俺に冷たすぎないッスか、緑間っちってぇ〜…」 にべもなく言い放った緑間に、黄瀬は大きな瞳を潤ませる。 まったく子供のようだが、そんな様子が見たくて青峰や黒子は黄瀬をいじる(苛め倒す?)傾向にある。 なんだかんだ、皆黄瀬のことが気に入っているのだ。 「だから引っ付くなと言っているのだよ黄瀬。暑いのだから今すぐ離れろ」 「いーやーでーすぅ。緑間っちは冷たすぎるから、俺があっためるんスー」 緑間は複雑な心境だ。 別段、彼が嫌いな訳では無いのだ。だが、こんな風に誰かと距離が近かったことなど、無かったから。 赤司と紫原。 青峰と黒子。そしてそこに黄瀬が加わり。 緑間は誰かと積極的に関わる質では無いし、話すことも得意ではない。 だから、いとも簡単に胸に飛び込んで来られたら、どうしたら良いか分からない。戸惑った。 「…黄瀬、」 こういった時は、冗談に冗談で返せば良い。 そんなのは分かる。 だが自分のような人間に、それは難しいのだ。 ただ困惑の瞳を、黄瀬に向けるしかなかった。 「なんスか、緑間っち」 「…だから、」 「…うわぁ、緑間っちってめっちゃ睫毛なげぇ!!」 不意に黄瀬が顔を見詰めてきたと思えば、そんなことを言うものだから。 なんだなんだと青峰が寄ってきてしまう。 「なにがだよ?」 「ほら、睫毛ッスよ睫毛。ばっさばさじゃないッスかぁ!!こんなん見たら、女の子たち羨ましがると思うなあ〜。ビューラー&マスカラ要らず!!」 「うおー、まじでなっげえのなあ。これシャーペンの芯乗るんじゃね?」 至近距離で黄瀬と青峰は睫毛をガン見しながら、そんな会話をしている。 緑間は序盤から付いていけずに目を白黒させるばっかりであった。 「 びゅ、ビューラー…?」 戸惑いの声を上げる緑間を他所に、 「黄瀬も長いって思ってたけどよぉ、更に上が居たなんてなあ」 「くるん、ってしてるッスよ。かぁわい〜」 好き放題言われる。 するといきなり上からぐいっと顔を持ち上げられた。力業だが、逆らえずに自然と上を向くことになる。 「…僕は前から気が付いてましたよ。敢えて言いはしませんでしたが。」 いつの間に背後に回り込んだのか、ぼそりと黒子が告げた。後頭部を固定しているのも彼らしい。 「てゆうか青峰っちなんて一年からバスケ一緒にやってるんスよね!?今さら気が付くとかおっそー」 「うっせえなあ。眼鏡かけてっから見えなかったんだよ、お前だっていまさっき気がついたんだろばーか」 などと青峰と黄瀬が口喧嘩をし出したから、取り敢えず諌める。 「止めるのだよ、近くで騒がれたら煩くて敵わない」 「もうー、緑間っちたらつんつんしちゃって!!」 「てか俺、お前が笑ってんの見たことねんだけど。テツでも一応あるぞ」 「どういう意味ですか。でも、僕も確かに緑間君の笑顔見たことないです」 いっきに畳み掛けられる。ほんとうに、自分には対人恐怖症とまではいかなくとも、コミュニケーション障害的なものなら持ち合わせているのではないか。 いつもそれで黙ってしまうから、冷静だクールだなどと言われるが。 意外に言いたいことは多様にあったりするのだ。 「ってことでぇ」 「緑間っち笑ってくださいッス!」 「何故そうなるのだよ!?」 思わず宣うが、彼らが気にする訳もなく。 「手っ取り早く擽ってみますか。」 という黒子の無情な一言により、じりりと青峰と黄瀬が更に間合いを詰める。 「な、なんなのだよその構えは!は、はなれろ、」 「ふっふっふ、そう言われてのこのこ引き下がると思うッスか?ね、青峰っち」 「だなあ黄瀬。緑間がこんなどーよーしてんの初めて見たし。こりゃーやるっきゃねえよなあ、テツ」 「ですね。じゃあ、」 眼前の青と黄色が胸の前に両手を突きだし、指をわきわきさせている。 その動作はあからさまで、緑間は身を引きたくなったが、背後は黒子に押さえられてしまい敵わない。 「お、落ち着くのだよ、そんなことをしても何ら得にはならん…!」 「なるッスよ、俺たちには利点があるッスから」 「ああ。俺たちが楽しい」 なんて横暴! 考えている間に、脇腹に二人の腕が忍び寄る。 息を、呑んだ。 「ひっ、」 「そーれこちょこちょッスよ〜!」 「どうだ緑間ぁ!!」 こちょこちょと脇腹を擽られる。慣れない刺激に、緑間は思わず声を上げる。 「ひゃっ」 「っ、ひゃっとか緑間っちかあいー!」 「もうちっと色っぽい声出せよなあ」 青峰がするん、と首筋を撫でてきた。ぞわり、何とも言えない感覚。 背中を這い上がるように。 「ぁっ…」 小さく声が漏れた。 青峰が、目を見開く。 一度反応してしまったら、もう駄目だった。 「や、っひ、…ぁ、くす、ぐったぃのだよ…!」 身を捩るが、不意に黒子が項に触れるから、力がふにゃりと抜けてしまう。 「くろ、こぉ…」 「なんですか緑間君」 「へ、へんなところ、触るんじゃない…っ、く、ひ」 「別に変なところなんかじゃないです。項です。」 今度はふっと息を吹き掛けられた。堪らず、目の前の黄瀬にしがみつく。 「っ、き、せぇ…」 「ちょ、なんか緑間っちエロくないスか!?」 「…エロい」 なんだか青峰は凄く良い笑顔で頷いた。 黄瀬は顔を赤らめて、きゅうと抱き締めてくる。 「なんかめっちゃ可愛いしエロいし、こう、守んなきゃって思うんスよね〜」 「ば、ばかな、こと言っていないで、はやく、離れるの、だよ…!」 「緑間っちが抱き付いてきたんじゃないスか。だからはなさないもーん」 未だに黒子や青峰が触れてくるから、もう息も絶え絶えに訴えた。 「緑間ァ」 急に青峰が、ぐぃと緑間の顎を掴む。強制的にそちらを向かされた。 「い、た…!」 「テツと黄瀬の名前呼んだんだからよぉ、俺のも呼んでくれねーの?」 正常な思考はどこへやら、取り敢えず解放されたくて、こくこくと頷く。 「呼ぶのだよ…!だから、っ、ぁ、もぉ…」 「じゃあ、呼べよ」 「…きぃ、」 「聞こえねー」 「大輝ぃ…!」 緑間以外の三人は、ぴしりと固まった。 まさか、まさか下の名前で呼ぶなんて、誰も想像だにしなかったことだ。 「っ、真太郎…」 「青峰っち!なに雰囲気に流されちゃってんスか!!」 「あ、わりぃ」 「てか青峰っちだけ下の名前とかずるいッスよお」 「そうですよ」 言い争う三人の中心で、緑間はもうふにゃふにゃだ。頭がぼうっとする。 もみくちゃにされた上に、暑さに当たったのか。 すると、この倒錯的な雰囲気を覆すような涼やかな声音が不意に凛と響く。 「お前ら、そこらへんで止めておけ。緑間がそろそろ限界だ。」 声が降ってきたのは真上。眩しいながら見上げて見れば、給水塔の上から覗くようにして、人影。 「あ、赤司君」 「おー、お前いつからそこにいたんだよ?」 「俺も居るよ〜」 にゅう、と赤司の隣から紫原まで出てくる。 つまり、六人とも始めからこの場に居たのだ。 「…覗き見とは、随分なのだよ赤司…。見ていたなら、止めてくれれば良かったものを…。」 恨めしげに緑間が言えば、赤司はにこりと笑う。 「だって、俺も見てみたかったんだよ?緑間の笑っている顔がさ。」 そういえば、当初はそんな目的があったような。 完全に途中から脱線していたようだが…。 「緑間っち擽っても、笑わないんスねえ。寧ろえろえろになっちゃう」 「ありゃー、やばいな」 うんうんと頷き合う二人をどついてやりたい。 だがもうそんな気力は皆無で、項垂れるしかない。 「お前たちは、馬鹿なのだよ…。」 そう呟けば、ひどいッス!と黄瀬は喚き、心外です。と黒子は眉を寄せ、青峰は豪快に笑った。 そんな彼らを見て、なんだかくすぐったいような、そんな気持ちに襲われる。 するとずだん、とすぐ真横に何かが落ちてきた。 かと思えば、それは紫原であって。 「三人だけでミドチン独占して狡いし〜。俺も〜」 捕まっていた緑間の腕をくいっと引っ張った紫原は、そのまま軽々と抱き上げてしまう。いきなりの浮遊感に緑間は瞠目する。 「なっ!?な、にを、」 「ミドチンかぁるいね。」 「質問に答えるのだよ!」 「ん〜とねぇ、ミドチンが好きで、かあいいから、お姫様だっこしてるし〜」 「理由が分からん!」 半ば自棄になった緑間は、そう叫んでからぐったりと身体の力を抜いた。 そうして仰いだ空は、抜けるように真っ青で。 そして視界に黒い影。 「あかし…」 ふわり。 彼は重力に逆らうように身軽に給水塔から飛び降りて着地した。音もない。 「緑間。」 「なんなのだよ…?」 「お前は自分が考えているよりずっと、皆から愛されてるんだぜ?」 にっこりと綺麗に笑う赤司に、絶句する。 すれば、青峰や黄瀬、黒子までもが同意した。 「そうッスよ!!俺ら、緑間っちのこと大好きッス!」 「お前いじんの、一番おもしれーし」 「それに緑間君はいちいちかわいいです。」 「なにを、戯けたことを」 反論しようにも、抱き上げられたままだから格好がつかない。寧ろ情けない。 紫原もにこ、と笑い。 「顔、真っ赤っかだよ〜」 などと嘯いてから、すきだよ〜などと口にした。 そうしてだめ押しとばかりに、赤司が近づいてきて、そっと緑間の額を撫でた。汗を拭うように、慈しむかのように。 「愛してるよ」 その言葉に無意識に微笑んでしまっていたことを、緑間は知らない。 終 |