遠く彼方 高尾は緑間のことを無視したことがある。 入学してからまだ間もない頃だったから、四月半ば辺りのことだった。 愛想がなく独特の物言いをし変なアイテムを常備している彼を、クラスメイトが遠巻きにするのに時間はかからなかったのだ。 高尾は流れに身を任せる、面倒なことは極力避けたいそんなタイプだ。 便乗したまで。 だがクラスが同じで席も前後、部活もバスケ部同士な上に帰り道まで同じだとしたら、話さないわけにはいかなくなる。 それに気が付いたから、すぐに止めた。クラスメイトも緑間が害を加える人物でないと判断したのだろう、以前遠巻きにではあったが無視は無くなった。 緑間は孤高であった。 孤独ではない。 寧ろ自ら周りとの関係を断っているように見えた。 クラスでも部活でも。 元来剽軽な性格だからか、臆することはなく彼に話しかけることが出来た。 だがいくら話題を提供しようが、短い返答が返されるだけ。にこりともしない。 釈然とはしなかったが、むかつくはしなかった。 彼はこういうものだと、理解し始めたからだ。 一度聞きたくなって、尋ねたことがあった。 「なあ緑間。楽しい?」 「…なにがだ」 「うーん。高校生活?」 「…お前はどうなのだ」 逆に聞き返されてしまっては、返事に詰まる。 そこでなんだか難しい質問だな、と思い当たった。 「どう、ってまぁ。ふつー、って感じかな」 「…同じなのだよ。」 緑間は応えて、すぐに手元の小説へと意識を戻してしまった。 彼は教室では物静かに本を読むことが多い。 きっと高尾に聞いたのは、こうしてかわすためだったに違いない。 そんなやり取りを思い出したのは、思いもよらず部活帰りのことであった。 「あー、つっかれたぁ!」 部室ではぁあと盛大な溜め息を吐いたのは宮地だ。 最近一軍はハードな練習が増えてきていた。 ちゃっかり高尾も一軍に食い込み、全く以て同じ思いである。 「なぁ、腹減らねえ?」 宮地は大坪と木村にそう話しかけている。 三人はレギュラーな上に同学年、三年間共にプレーしているからか仲が良い。 「確かにな。久しぶりにどっか寄ってくか?」 「賛成」 「俺牛丼食いてえなー」 などと好き勝手だ。 高尾は着替えながら、牛丼かぁと考えた。 最近食べていない。彼らが話題にするから食べたくなってきてしまった。 だが近場の牛丼屋に寄れば鉢合わせは確実。 いくら処世術に長けた高尾だとて、ひとりでそんな状況は回避したい。 ちら、と隣で同じく黙々と着替える緑間を見た。 我関せずといったような風情である。 (俺が誘ったりしたら、こいつは乗んのかねぇ) 彼と共にどこかへ寄り道したことはない。 部活帰りはたまたま帰り道が同じだから一緒だが、会話は高尾からのみだ。 普段は他のクラスメイトと帰るから一緒ではない。 寄り道も、彼らとはしても緑間とはしない。 (…どーせ断られんだろうな。俺の話とか、いつも興味無さげだし。) 自己完結して荷物をまとめていると、不意に、 「おーい、お前ら一年坊主も行かねえか?」 は、と振り返る。 一年で一軍なのは自分と緑間しか居ない。 目を瞬く。 「そんなびっくりした顔しなさんない」 宮地がからから笑った。 「これから牛丼食わねえかって話になったんだが。一緒に行かね?」 まさかの誘いだった。 高尾は頷く。 それは彼らが居るからとかではなく、ただ牛丼が食べたかっただけだ。 「行きます」 「…緑間は?」 宮地がくい、と顎をしゃくった。彼はあまり緑間を快くは思っていない。 大坪がまあまあと肩を叩いて宥めていた。 緑間は着替え終わったのか鞄を抱えながら、 「…行きません。」 ときっぱりと断った。 そうして軽く一礼するとさっさと出ていってしまう。 「ちぇっ」 と宮地が舌を鳴らしたが、そこには憎悪や負の感情は見当たらなかった。 「宮地、お前がそういう態度だから緑間も来づらかったんじゃないか?」 木村がたしなめる。 「別に、あいつが嫌いとかそういうんじゃねぇよ。ただ気に食わねえだけ。」 気に食わないと嫌いの違いはなんだ、と本気で思ったが黙っていた。 大坪は肩を竦めてから、高尾を手招く。 「高尾は行くんだろ。さっさと行くぞ」 「あ、はい。」 「お前ひとりおいてかれてかわいそー」 宮地がからかうものだから高尾は苦笑する。 「…そーゆうお前の飄々としたとこ、俺好きよ」 ぼそりと付け足された。 「なんすかいきなり。」 「俺らが二年誘わなかった理由が分かるか?」 尋ねてきたのは大坪だ。 「さあ、わかんないす」 正直に応える。 「答えは簡単。みんな媚を売ろうとするからヤなんだよ。ほら、俺らレギュラーだからよ、監督に口添えしてもらおうとか思ってる奴らも居るわけ。だからそんな奴らと一緒に飯食っても旨くねえし」 なあ?と宮地がふたりに同意を求めた。 ふたりも同様に頷く。 「…でも先輩たちに取り入ったとこで、監督なんかにぜってー話なんかいきそうにないすよね」 と思わず口にすれば、爆笑が返ってきた。 「ぶはは、やっぱ高尾いーわぁ。そうゆーとか、さっぱりしてていーね」 「事実でしょ」 「まあそうだな」 そんな軽口を叩いていると牛丼屋に着いていた。 「どうせ今日着いてきたのも理由ねぇんだよ?」 「いや?一応ありますよ。牛丼食いたかったんで」 また爆笑。 ツボだったようだ。 それからはくだらない話ばかりしていた。 ここまできてバスケの話はあまり出なかった。 だが一度だけ、隣にいた大坪がこう言った。 「…緑間を頼むぞ」 「へ?」 「あいつのことは、お前くらいにしか頼めん。俺が下手に口を出すと、大事になっちまうからな」 「…俺、ですか」 一番近くにいる自覚はあるが、別段仲良くしている訳でもない。 そう伝えても、大坪はまだ言い続けた。 「お前にしか出来ない」 と、何度でも。 了 |