後輩の憧憬 ※オリキャラ視点。 俺は今年秀徳高校に入学したばかりの一年生だ。 この古き良き歴史と赴きのある学校に入学した理由はただひとつ。ここのバスケットボール部に入りたかったからだ。 秀徳高校は東京で歴戦の王者と呼ばれており、古豪である。その異名に恥じないWCにも11年連続出場しており、昨年はベスト4まで勝ち上がった。 不撓不屈という部のスローガンの元、日々厳しい練習を行っている。 これらの情報は入学説明会やパンフレット、実際に見学をして仕入れた。 だが決め手は、その不撓不屈の魂に惹かれただとか、ここで日本一になってやりたいとかそういう気持ちからではない。 無論そんな思いはあったが、一番の理由。 それはあの天才的SGの緑間真太郎が居るからだ。 キセキの世代のひとりで、あの細身からは考えられないような高弾道のスリーポイントを決める。しかも百発百中ときた。 中学時代からひとつ歳上だが、非常に騒がれているのを知っていた。俺もSGだから、憧れた。 羨ましいとかあいつみたいになってやろうとか、そうではなく、ただただうつくしいと思えたのだ。 一度だけ試合をした。 俺の中学は強くは無く、上手い先輩たちも多くは無かった。そのため自動的に小学校からの経験があった俺は、試合に出ていたのだ。圧倒された。 あっという間にトリプルスコアで敗けた。 普通なら悔しいだとか感じるであろうが、皆一様に仕方がないという顔をしていた。中には惨めだと言う者すら、居た。 帝光は絶対的な強さなのだから、敗けるのが当たり前。俺はそれに同意しかねたが、悔しさよりも上回るものがあった。 綺麗だと、素直な感動ばかりを抱いたのだ。 こんなことを口にしたら顰蹙を買うだろうし、同意されないであろうから、黙っていたのだが。 そうして中三になり、緑間が秀徳高校に入学した。 そこで俺の運命は決まっていた。秀徳に入ろう、と。だが秀徳は偏差値がかなり高かった。馬鹿ではないが、楽々入れる成績でもなかったため勉強はかなりした。バスケ推薦なんて弱小校に来るはずも無かったから、なんとか一般で受かるしか道は無かった。 必死に勉強した。 なんとか受かった時は、喜んでいるなんて珍しいとまで言われたものだ。そして四月、入学して直ぐに入部届を出したのだった。 「一年、ちんたらやってんじゃねーよっ!!」 怒鳴ったのは、副部長の鞍馬だ。普段はお調子者だが、部活中はかなり熱い。 そして怖い。 今怒られたのはモップ掛けについてだ。怒濤の練習が終わり、片付けくらいゆっくりやったって良いだろう、と思ってしまうのは一年なら仕方ない。 ちなみに俺はボールを片付けていたから怒られなかった。目立たないようにするのが一番の得策だ。 やるべきことをやっていれば文句は言われない。まあ元から目立たないし。 ただ間近で緑間のシュートが見られたならば、一日幸せなくらいのお手軽な男なのだから。 「ヤッベー、鞍馬さんこわっ!!目敏く見つけてくんだもん、さっすがだよなあ」 なんて誉めてるんだか貶しているんだか分からない評価をしたのは菊臣だ。 菊臣とは中学からの同級生で、バスケも共にしていた。言動から分かるようにかなり軽薄な上馬鹿だ。 「ちょ、無視すんな!」 馬鹿の癖に秀徳に受かったらしい。中学三年間も同じクラスで、また一年でもクラスになった。 これはなんの因果だ。 「なぁ、ちぃ聞いてる?」 はた、と思考が止まる。 黙々と考えてしまうのは最早悪癖である。 「すまん、なんだ?」 ちなみに俺の名前は京楽千尋という。菊臣はちぃ、と呼ぶ。 「だーから、鞍馬さん怖いねって話。」 「そうか?」 「ちぃは平気なん?」 「平気というか、普段は剽軽な人だろう。怒るのにも理由があるし。モップ掛けをノロノロやってる、お前が悪かっただろ。」 俺としては至極当然のことを言ったまでだ。菊臣もそっかぁ、と素直に反省していた。そういうところはなかなかに評価出来る。 「ぶっは!!」 と不意にすぐそばを通った人物が吹き出した。 何事かと見れば、それは二年生の高尾であった。 緑間が一年の時から秀徳の追っかけと化していた俺は、彼もよく知っている。 この秀徳の先輩たちを抑え、緑間と並び一年生からスタメンの座を獲得。 冷静沈着なPGとしてチームを立派にまとめて支えてきた。鷹の目を持っていて、視野はかなり広く十月自在のパスを出せる。 高尾と緑間が織り成すシュートの美しさといったらもう、表現できない。 こんな詳しいとなんだか気持ち悪いかもしれないが、そこは致し方ない。 とまた思考に耽っていると、菊臣と高尾がさっさと話を進めていた。 「高尾先輩、なんで爆笑してるんすか?」 「あはは、え〜?だってお前たちのやり取り面白ぇんだもん。言い方容赦ないのにお前素直だし!」 「そうですかねー?ちぃいっつもこんなんだよな?」 話を振らないでくれ。 高尾はかなりの笑い上戸だ。ツボに一度入ったら、なんだって笑う。 「ぎゃははっ!!え、なに、京楽のことちぃなんて呼んでんの!?」 「菊臣、」 「千尋なんでちぃって呼んでます!最初はちぃちゃんって呼んでたんだけど、それはだめなんだって。」 「ぶはははは!!」 もう爆笑である。余計なことを言うな菊臣! 「ひー、ウケるー!京楽のこと俺もちぃって呼ぼっかな〜」 「…。」 もうお好きなように。俺は何も言わなかった。 菊臣はからからと笑いながら(こいつもなかなかの笑い上戸である)、 「オッケーすよ〜!」 なんて答えていた。なんでお前が答える? 「お前ら良いコンビだな」 「先輩方には負けます」 そこで漸く俺は発言権を得たため、きっぱり告げた。確かに俺はSGだし菊臣はPGだが、あんなコンビネーションはない。あの美しさは真似出来ない。 「そっかな?お前嘘言わなそうだから嬉しいなぁ」 高尾は優しく笑った。 つり目が細まり、穏やかな印象を受ける。 ちらりと見れば、緑間はもういつもの居残り自主練習を始めていた。 ただ淡々とボールを構えてシュートを撃つ。 今日もゴールリングにかすることなく入った。 (今のは左手がボールから離れるのが少し早い。) 俺には特筆して出来るようなことはない。ただ人よりスリーが少し得意だから、SGをやってるだけだ。 だから目を見張るようなプレーは出来ない。 ただひとつ誇れることと言ったら、緑間のシュートの機微を見分けられる、ということくらいだ。 憧れ、その結果何度も見たシュートのブレや甲乙をつけられるようになった。 それは他のシューターにも繋がり、今では目だけが無駄に肥えてしまった。 プレーの賛美眼だけ磨かれてもという話だが。 「…緑間先輩、またシュート練してるよ」 「だなー。天才なんだからそんなやんなくたっていーじゃんかなあ」 少し離れたところで片付けを終え、ぐったりしながらも話す一年生が居た。 無駄に耳が良いから聞こえたまでだが、高尾は気が付いているだろう。 「凄いっすよね、緑間先輩って。努力の天才って感じします。なぁ、ちぃ。」 菊臣だけが呑気に、あいつらと真逆のことを言った。 「…来菅はいー奴だなぁ」 高尾はしみじみと呟いた。同感である(菊臣の名字は来菅という)。 「だよなぁ、あの人が居る限り俺のレギュラー入りあり得なくね?」 「だろーよ、いっそ怪我でもしてくれたら良いのに」 「わっかるー!!」 そんな物騒な会話に変わった。すれば瞬間的に高尾の目付きが鋭くなる。 (穏やかじゃないな…) 何か余計なことをしなければ良いが。多分、そろそろ高尾は切れそうだ。 案外短気なのだろう。 「てかあの人のシュートの高さ、無駄じゃね!?」 下品な笑い声が響く。 それに切れたのは、高尾より俺の方が早かった。 「あっこら、ちぃ!」 「京楽!?」 ずかずかときゅうに歩き出した俺に、二人が周章てたように声をかける。 「…な、なんだよ…」 驚いたような彼らを前にして、何かを怒鳴りたかった訳ではない。 ただあのシュートを馬鹿にされたのが、もうどうしようもなく、かなり、いや結構、腹が立ったのだ。 「文句あんのかよ!?」 「ああ、あるな。緑間先輩のシュートに対するお前の物言いが気に食わない。」 思ったよりすんなり言葉が口から零れ落ちた。しかもかなり冷ややかな声音で。 「…んだよ」 「お前たちは何の努力もせずにあの人のシュートを笑うのか?」 「っ」 「ふざけるな。あのシュートを貶すことはぜったいに許さない。」 滅多に怒らないから勝手が分からないが、自分は彼らを睨み付けているだろう。 「っ、お前、緑間先輩のなんなんだよ!?」 そう言われると弱い。 言葉に詰まった俺の前に、菊臣がひょこと現れた。相変わらずすばしっこい。 「後輩だよーん」 菊臣は無邪気に言う。 「っ、なに」 「お前たちは先輩を尊敬しないから、後輩だなんて認めらんないけどね?」 言葉を被せたのは、高尾だった。にこにこしているが、これは怖い。 目が笑っていなかった、瞳孔が開いている。 「た、高尾先輩…!」 高尾は後輩たちの中でかなり慕われている。何かと気にかけてくれるし相談にも乗ってくれる、話も面白いしノリも良い。 だがこうして怒る姿は、鞍馬とまた違った怖さがある。とまた考えていると、高尾がふいに真顔になる。 「あいつのこととやかく言うようなら、失せろ。」 ひっ、と二人は怯えたように悲鳴を上げ、バタバタと体育館から逃げていってしまった。俺はあまりの対処の早さに驚く。 「…凄いですね」 「これが先輩ってもんよ」 「かっけーすげー!!高尾先輩そんけーします!」 菊臣が目を輝かせた。高尾がまた笑う。 「高尾。」 そうしていると、シュート練習をしていた緑間が振り返りもせずに唐突に、高尾を呼んだ。 「はぁい!?真ちゃんなんですかー!!」 「五月蝿いのだよ」 「うはっ、ひでえ!!」 辛辣に言われながらも、どこか嬉しそうだ。これもいつものことである。 「…」 緑間がこちらを見た。 憧れて、シュートに魅せられて入学したというのに、彼ときちんと話したことは未だに無かった。 そもそも後輩と親しげに話している姿を見たことがないし、それは同級生である二年生に対しても同じらしい。特例が高尾だ。 名前なんて覚えてもらえなくていい。会話が出来なくったっていい。ただ、そばでシュートを見れるだけで、満足なのだから。 「京楽に、来菅か…。お前たちも居残りをするつもりなのか?」 答えるより早く、菊臣がそうですっ!!と返事した。 「そうか」 ていうか、名前を覚えていてくれたことに物凄い感動を覚えた。それを見透かされたのか、高尾がこそりと教えてくれる。 「真ちゃんはああ見えて人のことちゃんと見てるの。名前だって一度できちんと覚えるし、後輩のことだって気にかけてんだよ?」 「うれしーっす!!」 にかっと菊臣は無邪気に笑うが、自分にはそういったことは出来ない。 それがもどかしいような。 「高尾先輩、パスのコツとか教えてください!」 「うぃー。京楽も真ちゃんに教えてもらったら?」 「え…。」 あまりの急展開に驚く。 一年生で高尾や緑間に練習をつけてもらいたい奴は何人も居るだろう。ただ近付けないだけで。 簡単に懐に飛び込む菊臣は凄いと素直に思った。 「しんちゃーん。京楽にスリーの極意、ご教授してやってよ。」 「いや、ちょ、」 「ぶふ、ちぃが慌ててんなんてめっずらしー」 慌てもするさ。憧れの人にシュート教えてもらえるなんて、冗談じゃなく鼻血出して倒れるぞ。 わたわたしてるうちに、くるりと緑間がこちらに向き直った。視線が交わる。 睫毛が長く、綺麗な二重の目だった。これすらも美しいと思えて、自分は末期だろうかと思った。 「京楽。」 「…はい。」 人間慌てすぎると逆に冷静になるらしい。 口から零れ落ちたのは酷く平坦な声音だった。 「人事を尽くすと誓うのなら、教えるのだよ。」 そんな、こと。 菊臣が背中を叩き、高尾が頭を撫でてきた。餓鬼じゃないんだから。 「誓えます。」 きっぱりと答えた。すれば緑間の瞳が一瞬優しく撓み、穏やかに導く。 「ならば、来い。」 「はい…!」 俺は大きく頷き、緑間の元へと走り出したのだった。 end ほんとは主将の仲村さんの話とか副主将の鞍馬くんの話とかもしたかったけど挫折。 真ちゃんはふつーに後輩気にかけてるだろうなっておもったからそれ書きたかったけどなんかむづかった。 中学時代に慕われてたらいいんだ。 高尾は安定のコミュ力で大人気の先輩でっす。 |