Hey,look. this is my love 【後編】


「真ちゃんと、俺の子供みたいじゃない…?」

そう言った高尾に緑間は咄嗟に言葉を返せなかった。頬を包み込む手は、異様なほどに熱い。戸惑ったが、緑間は漸く思考停止した脳を回転させ始める。

「…高尾。」

「…」

「電気をつけるのだよ。これでは和真君が見えない」

きっと高尾の冗談だろう。高校時代からよくあったものだ、反応に困るような軽口を叩くことは。
真ちゃん愛してるよと囁かれてもどう切り返せば良いかなど知らなかったし、悪戯に唇を奪われたとて額を叩く位しか出来なかった。だがもう30になる。
いい加減同じ手には引っ掛かりたくはないというものだ。学習する。

「…そだね」

「手を、離してくれ」

「うん」

思ったよりすんなりと掌は離れていった。どこか無意識に安堵する。

「電気、つけるよ。」

「ああ」

ぱちん、とスイッチを押す音がして電気がついた。
急に眩しくなって一瞬だけ目を瞑る。

「大丈夫?真ちゃん、目ぇ痛くなった…?」

「平気だ…」

漸く目を開いて高尾を見れば、何らいつもと変わりないような顔付きである。
やはり冗談だったのだと、安堵が先立った。

「じゃあ和真君をしょーかいしまーす」

おどけた声音で高尾が口にした。見れば窓際に子供用のベッドがある。それ以外にはほとんど物が無い。
玩具などが見当たらないのが不思議であった。

「…静かなのだな」

「うん。真ちゃんに似て大人しいんだよ。でも言いたいことはちゃぁんと言える。かぁわいいんだぁ」

譫言のように蕩けた瞳で、高尾は言った。
その言葉には子供を愛するいとしさが滲み出ているようで、緑間は何故だか息が苦しくなるようだった。
そうか、と頷いてベッドへと近付く。

「ほら、」

「……!」

思わず、息を飲んだ。

「真ちゃん、和真が何月に生まれたか知ってる?」

「……十月、ではなかったか…。お前が、言っていたのだよ…。」

「うんそう。それでね、その日付が六日なわけ。十月六日だよ?ねえ、どういう意味か分かるだろ?」

きゅう、と細まった瞳の奥が、見られない。
緑間は黙していた。

「俺たちの、背番号だったじゃない。一緒に記念日だねって、はしゃいでたのは俺だけど、なぁ、覚えてんだろぉ」

「……」

答えあぐねていた。彼が何を求めているのか、安易に理解できたが、それをしてしまったらいけない気がした。戻れないと思った。
その時、がちゃり、と部屋のドアが開く。振り返る。そこには由紀子が立っていた。曖昧な笑みを浮かべているようにも泣き出しそうにも腹を立てているようにも見えた。優香は居ないため、リビングで待っているのだろう。

「…パパ、ユウちゃんとお風呂に入って。ちょうど沸いたから。」

「ん、ああ!そっかもうそんな時間かあ。真ちゃんわりぃけどちょい行ってくんね。てか今日真ちゃん泊まってくっしょ?適当に寛いでて良いし、良かったら和真と遊んでてあげてよ!」

そうマシンガンのように捲し立てて、高尾はさっさと行ってしまった。
部屋には緑間と由紀子だけが残される。沈黙が落ちた。気まずい。そもそも緑間は由紀子に好感情を抱かれていないのであろうことは、すでに分かっていた。
初めて会った時から、彼女は物言いたげに緑間を見詰めていたのだから。

「…見たの。」

由紀子が口にしたそれは、問い掛けでは無かった。疑問符はついていなかった。断定である、確信していながら尋ねてくる。
意地の悪い女だ、と緑間は内心感想を抱いた。吐き捨てた訳ではない、ただの至って純粋な印象だ。緑間は人に甲乙をつけないつけられないつけたくもない。

「ああ」

ひとつだけ頷いた。それだけで全てが通じるのだ。
彼女との間には、なにもありやしないのに。

「…あの人、嬉しそうだったでしょう。和真和真って、本当に見たこと無いくらい、舞い上がっていたの」「でしょうね…」

相槌は最早むなしいものでしかない。緑間は口を閉ざし、ベッドを覗く。

「居る筈が無いのに。」

「ええ」

「私は、私は生んでなんかいないわ…!和真なんて男の子、知らない聞いたこともない…っ、和成が何を言ってるか、分からない…」

ベッドには何も無かった。子供も横たわって居なければ、毛布すらない。
ただの箱だ。ベッドというにはあまりに簡素で粗雑。そうであろう、これは優香が使って以来、放置されていたものだろうから。
高尾はあの瞳に何をうつしていたのか。和真などという幻惑を見て。
何を伝えたいのか。

「私と和成が結婚したのは、優香が出来たからよ。ねえ緑間さんは分かっていたのよね、和成が私と結婚するわけがないって。でも子供が出来たのってすがりついて結婚したの。そうしてから、気が付いたわ」

緑間は目を伏せていた。
何の感情も沸かない。

「和成は狂ってる…」

違和感は、先ほどまでパパと呼んでいたのが名前呼びになっていたからか。なるほどと納得した。

「狂ってる?」

「しらばっくれないで、貴方は知っていたはずだわ。それでも目を背けていたんでしょう…!」

目を背けていた訳ではない。見ていながら、放っておいた。それだけだ。

「和成の中にははじめから私なんて居なかった。貴方のことばかりだった。何を話していても真ちゃん真ちゃんって。大学も違う、たったの三年間だけ高校が同じだった貴方に、妻の私は負けているの…。優香もよ。和真なんて幻想に、負けて…馬鹿みたい…」

由紀子はくしゃりと顔を歪めた。美しい顔が歪むのは、泣きそうだからか。怒りからかもしれない。その機微は緑間に分からない。

「…貴方は、俺があいつを狂わせたとでも?」

「そうよ、貴方が居なかったら、私は、私は…!」















はてさて暗く寒い夜道を歩く。来たときと同じ歩調で、背中を気にしながら。追い掛けられて刺されたりでもしたら面
倒だ。女はヒステリックで怖い。
高尾の意識が自分に向かないのを緑間のせいにしないでほしい。緑間はなにもしていない。緑間がほっしたとてそれは手に入らないのだから。だから諦めていたのに、高尾は緑間に対して感情を持っていた。
認めてはいけない感情を。

「俺はいつかあいつに殺されそうなのだよ…」

ぼやきが震えたのは、恐怖か歓喜か。

































『もしもし。』

『あ、どうも緑間くん。今お時間大丈夫ですか?』

『黒子か、大丈夫だ』

『緑間くんの新作小説が出ていたので、早速買って読んじゃいました。それで、感想をお伝えしたくて…』

『読んでくれたのか?ありがとう、黒子の感想は為になるのだよ。』

『本当ですか?そう言っていただけると嬉しいです』

『ああ。それで、どうだった?新刊の≪狂≫は。』

『この表現はあまり好きでは無いのですが…、面白い、の一言でした。』

『…ふ、そう言って貰えると作者冥利に尽きる』

『緑間くんが恋愛小説を書くだなんて、初めてじゃないですか。いつもミステリばかりなんで、正直舐めて読み出したんです。…その結果、夜読み出したはずなのにいつの間にか朝になっている始末です』

『確かに恋愛小説など初めてだ。書くとは思っていなかったが、人生何があるか分からないものだな。黒子がそこまで褒めてくれるということは、なかなかなものに仕上がった、ということなのだよ。』

『ええ、それはもう。主人公があまり感情を表さないというのがまず味噌でしたね、主観的でなく客観的な文なのでこちらが勝手に色々考えてしまいました』

『主人公を好きになる男を際立たせたかったんだ』

『和真、くんでしたか?最初は一途に主人公を好いていると思っていました。ですが、だんだん行動がエスカレートしていって』

『ただの恋愛ものだと思っていたら、驚いただろうな。』

『はい、かなり。もうあれは狂愛ですね…。タイトルが秀逸です。それに、ラストに戦慄しました』

『…あれは俺としても会心の出来だったのだよ』

『でしょうね。勝手に自分と主人公との子供を空想した和真に恐れを為して、逃げる。そうして暫くして、…子供と婚姻届を持った和真が家に訪ねてくるなんて…!もう、ぞっとしましたよ。奥さんはどうしたんだろう、とか会社を辞めて子供とともに来るまでに愛しているのか、とか…!』

『相当読み込んでくれているのだな、嬉しい。…黒子にだから言うが、あれは実体験を元にして、書いているのだよ?』

『えっ…。ノンフィクションなんですか!?』

『まあわりとな。だがラストは違うぞ?俺は少し【狂ってしまった】やつを手本にしたまでだ』

『…興味深い話ですが、深く追求するのは止めておきますね。怖いですし』

『ははっ、そうだな。だが大丈夫なのだよ。俺はあれから引っ越したし、あの主人公の女のようにみすみす捕まったり
はしない』

『さすが、人事を尽くしていますね緑間くん』

『まあな。…ん、黒子すまない、誰か来たようだ』

『あ、そうなんですか。もしかしてまた締め切り前とかでした?担当の方が来たとか…。』

『いや、締め切りはまだまだだ。今日は1日休みにしようと思ってのんびりしていたんだが…。何かの勧誘か…?』

『そうですね。何にせよ、出てみないと』

『…!!く、くろ、』

『どうしたんですか?』

『嘘だろう…?何故、ここは教えていないのだよっ』

『落ち着いてください、どうかしたんですか!?』
『えっ、鍵は閉めてあるはず、……!!』

『緑間くん!?』

プーッ、プーッ。















「切れちゃいました…」

黒子は携帯を見詰めながら、呆然と呟いた。

「まさか、現実になったりはしていないですよね…」虚しく声が響く。

その瞬間、携帯が震える。周章ててとった。
着信は緑間からだ。

「緑間くん!?」

「ざぁんねん、俺だよ俺。久しぶり、」




end























「…しんちゃーん。愛してんぜー」
「ユウちゃも、しんちゃあいしてるのだよー?」
「ふ、馬鹿者め。俺もだ…。」

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