独り占めしたいんだ 文化祭である。 その名の通り、文化部たちが日頃の成果を発揮するためのような催し。 なのに、どうしてクラスでわざわざ出し物などしなくてはならないのか。 ましてや運動部である自分が参加する理由がひとつも見付からない。 土曜日日曜日と二日続く文化祭のせいで、体育館は使えず練習は出来ない。 はぁ、と重苦しいため息は騒がしい廊下に紛れて消えていった。 (何故俺がこんなことをしなければならないのだよ) 内心の陰鬱さは、表情にも出るのか。 賑わう生徒や客たちは、ちらりちらりとこちらを見てゆく。まあ緑間はかなり長身であるから、これはいつものことでもある。 もう一度深く息を吐き出そうとした時、聞き慣れた声に呼び止められた。 「よう、緑間ァ」 「宮地さん、」 「お前こんなとこにぼーっと突っ立って何してん?」 くりくりと大きめの瞳を愉快そうに輝かせながら、宮地は近付いてくる。 「集客です。」 「集客ぅ?んな立ってりゃ客が入るとでも思ってんのかよお前ー」 「…。」 もっともなことであるから、言い返せない。 緑間のクラスは劇をやっているのだが、練習に部活でほぼ参加していない自分は受付か集客くらいしかやれることに選択肢はない。 だから、こんな柄にもない呼び寄せをしているのだ。 「看板持ってるだけじゃあ、意味無いぜ」 緑間の右手を指差して、宮地は呆れたように首を竦めてみせる。 手作り感が満載のその看板には、一年三組シンデレラ、とポップでカラフルなフォントで書かれている。 「お前んとこ、シンデレラなんかやんだ」 「ああ、はい」 「で、あの下僕は今日居ないわけ?」 「高尾はクラスに居ます」 下僕=高尾という直結思考は甚だ失礼ではあるが、二人の間ではそれだけで会話は成立した。 「なんで?あいつ、役なんかねーだろ」 「あります。王子役です」 「ぶっはあ!!さっすがハイスペック野郎だな!!うけるわー。てかよく台詞とか覚えられたな、毎日部活で練習なんか出らんないだろ」 宮地が言うことはまさにそうである。 部活でへとへとになりながら、頼まれたことだからと高尾は毎日王子の台詞を必死に覚えていた。 自分がシンデレラ役を手伝ってやったのは所謂気紛れで、誰にも知られたくないことのトップである。 「…人事を尽くした結果、でしょう。」 そうまとめた。 「 おま、まじそれ好きな」 「好きな訳ではありません。当然のことです」 などと会話をしていると、いよいよ辺りの視線が強くなってきた。 それはそうだ、190センチオーバーの男二人が廊下で立ち話をしていたら、それは目立つに決まっている。 「宮地さん」 「んー?」 「見られています、場所が場所ですから…」 「あはは、お前にぶちんだな〜」 いつもの獰猛な笑みではなく、綺麗な笑みを浮かべた宮地はちらりと辺りを振り返った。そしてひらひらと手を振っている。 「?知り合いですか?」 「いんや、知らね」 「じゃあ何故手など…」 そうして気が付く。 彼が手を振っていたのは、女の子ばかりだ。 ああそういうことか、と漸く合点がゆく。 「…もてるんですね」 「なぁんかお前がそーゆう言葉使うと違和感半端ないな。てか、嫌味か!」 「いや、嫌味ではなく素直な感想ですが…」 何故宮地が眉を寄せているのか分からないから、首を傾げていると、はたまたやかましい声音がひとつ。 「真ちゃーん!うお、宮地さんもいる!!」 「うおとはなんだ。」 ぺちん、と宮地はピョコピョコ近寄ってくる高尾の額を叩いた。 「すんまっせん!てか二人とも目立ちますねー、まじイケメンっすよ」 (ふたり…?) 緑間は内心首を捻ったが、二人は会話をしている。 「ばぁか、野郎に誉められても嬉しかねーよ」 「ですよね〜。てか宮地さんもうちのクラス、来てくださいよー!結構クオリティ高いっすよ」 「真面目にやってんの?」 「いんや、ちょいちょいギャグ挟みますわ」 軽快な会話は周囲の興味を引いたようだった。 高尾は快活に笑いながら、僅か声を大きくする。 「次の公演は12時からなんでー、もし良かったら見に来てくださーい!」 完璧なまでの0円スマイルで、高尾は周りにちゃっかりそう宣伝する。 「手慣れてんなあ」 「はは、まあ、」 「んじゃ、俺お使い途中だから、戻るわー。俺んとこにも来いよ、普通にポップコーン売ってかっら」 「まけてくださいよ」 「やだよ」 なんて言いながら、宮地は来たときと同じようにふらりと帰っていった。 手を振っていた高尾はきゅうにこちらを振り返ると、もう、と唇を尖らす。 「真ちゃんたら、さぼってんなよな〜」 「さぼってないのだよ」 「さぼってるのだよ!」 びしぃ、と人差し指をつきだしてくるから、人を指差すのではない、と手をはたき落としてやる。 「いってえひでぇ。てかまじちゃんとやんなきゃダメじゃーん!」 「…五月蝿い」 「うるさくありまっせーん!!みんなにさぼってるって言っちゃうよん」 「ちゃんとやっているだろう?」 「え、どこがさ」 看板を持っているだけでもう立派な呼び込みではないか、と主張すれば、分かってないねえと高尾。 そうして緑間から看板を奪い取り、人好きしそうなにっこり笑顔で、溌剌と声を張り上げた。 「一年三組シンデレラ!灰かぶりがまさかの下剋上!?へたれ王子とちょう美人な魔法使い、そうそうたる原作無視の世界観!!百聞は一見にしかず、見物ですよ!!是非来てください!」 一年三組ですよ、とまた繰り返す高尾はやはりというか、上手かった。 皆、今日惹かれたように振り返ってゆく。 むぅ、と唸るしかない。 「ほらほらぁ、真ちゃん。こんくらいやんないと〜」 「…俺にこれをやれと?」 出来ないと分かってる癖に、高尾は好戦的というか、愉快そうにこちらを見詰めてくるのだ。 (やられっぱなしは性に合わないのだよ。) 高尾はどうしていた、と思い出す。巧みな話術は自分には無いが、ああそうか。 (こう、か?) 「っ、」 隣にいた高尾が息を呑み、驚いたかのように何度も目を瞬かせる。 「一年三組、シンデレラをやっているのだよ。面白い…らしいので、是非。」 静かな口調で告げたが、聞こえたらしい。 行こう行こう、という声すら聞こえてきた。 「あのー、緑間くんは劇に出ないの!?」 何人かの女子たちが、近寄ってきた。どうして名前を知っているのかと思ったが、まあ置いておこう。 「俺は出ないのだよ」 「えー、なんでえ!?」 「もったいなーい」 何がもったいないのか分からなかったが、答える。 「ここで集客が割り当てられた仕事だ。」 「ふうん、頑張ってね」 「見に行くから!」 「ああ、」 ここでだめ押し。 とばかりに緑間は普段使わない表情筋をフル活用して、無理矢理微笑んだ。 「有り難う。」 きゃあっと何故だか黄色い悲鳴をあげて、女子たちが駆けてゆく。 何か間違えただろうか。 はて、と首を傾げているとゆらりと高尾が顔を上げる。珍しく困ったような怒ったような顔つきだ。 「ちょ、真ちゃん…!」 「なんなのだよ?」 「今のは何さ!!」 「集客だ。お前がやっていたことを真似ただけだが」 不味かったのだろうか。 やはり高尾のように上手くはいかないものだ。 「不馴れだからな、笑ってくれて構わない。だが今から俺は人事を尽くす。だからお前に負けないほど手慣れて見せるー」 のだよ、と続けることは叶わなかった。 高尾が「だめだめ、ぜったいだめー!!」と叫んだからである。驚いた。 目をぱちくりさせながら、どうしたと尋ねる。 「だって真ちゃんがこれ以上人事尽くしたら、あの笑顔が更に大安売りされるってこったろ!?」 「やすうり…?」 困惑気味の緑間だが、合点がいった。 「つまりお前は、俺の笑顔が気に食わないのだな?」 「そう!」 「そうか…。やはり普段からへらへらしていない者がいきなり笑えば、気持ち悪いかもしれんな」 ふむ、と頷く。 だが何故だかまたそれにも高尾は食い付いてくる。 「気持ち悪くなんかねえって!!」 「っ、なんなのだよ。お前が言ったんだろう?」 「キモいなんて誰が言ったよ!!俺はお前の滅多に見らんない笑顔をそこらへんの奴が拝めんのがヤなの!!俺ですらたまぁにしか見れねーのに呼び込みごときで披露しちゃってさあ!!んなのはいいから俺の前で俺だけのために笑えよばかぁ!」 言ってることは滅茶苦茶だが、伝わった。 つまり、は。 「自分以外に俺が笑うのは厭なのか?」 「う…。やだよ、そりゃやに決まってんじゃん。狭量なのはわかってっけど、真ちゃんの笑顔まじかわいーからさあ。知らないっしょ自分の笑顔の破壊力!」 それは知らない。 普段鏡を見てにやつくナルシスト趣味はない。 「もー、分かってよお願いだから真ちゃん。」 彼氏としてはまじ毎日心配で心配でたまんねえの。 真ちゃん無防備だからさあ、誰かにコクられたり襲われてないかってさあ。 「…お前は馬鹿だ」 「えー」 「こんな大男を捕まえて襲うような馬鹿もかわいいという馬鹿も、お前くらいでじゅうぶんなのだよ」 ばかめ。 と付け加えれば。 高尾はぱぁあっと表情を明るくした。分かりやすい。 「もうまじ緑間好き!」 「ばかめ」 「でもお前の笑顔は俺だけのな。」 「…ばか」 「あっ、今の言い方かわい。きゅんときた」 「しね」 そうして抱き付いてきた高尾を、無理に引き剥がすことはなかった緑間だった。 end ちなみに周りに見られていることに気が付き盛大に照れまくるまで、あと…。 |