おかんと高緑と時々宮地 後編


「今日は上手く弁当が出来たのだよ…!」

きらきらとした瞳で弁当箱を頭上に掲げ、緑間は高らかにそう宣言した。
横で母がぱちぱちと盛大な拍手を送ってくれる。

「やったね真ちゃん!!唐揚げは油も飛ばさずこんがり揚げられたし、卵焼きも殻も入らず上手く割れてさらに焦げなかった!ポテトサラダの味付けも絶妙だし、ウサギさん林檎も欠けずに切れてるっ!」

「本番前日にして、なんとかここまで来たのだよ…。長い道のりだった…」

しみじみと呟く。
母親も同じく頷いた。

「そうね…。明日も同じように上手く作れるようにしなきゃね…!」

「抜かりないのだよっ」

言いながら、弁当の見た目はよくとも味はどうなのかと不安になった。

「母さん、俺の料理は上手いかな…?」

わりかし常に自信満々な緑間にしては、弱気な発言だった。母親は大丈夫よ!と後押ししてくれたが、彼女は自分に甘い節がある。
わりと自覚はあるのだ。心配になった。

「もう、そんなに信じられない?なら学校の子に食べてもらえば良いじゃない。高尾くを以外の子にね」

「なるほど!」

ぽん、と手を叩く。
緑間は手作り弁当を自分の分ともうひとつ鞄に入れて意気揚々と登校した。
だが困ったのは昼休みだ。誰に食べてもらおうか。
いかんせん緑間は友人と呼べる人間が少ない。コミュ力の塊の高尾がこの時ばかりは羨ましかった。

「しーんちゃぁん。どったの?食べないん?」

向かいに座った高尾が聞いてくる。

「いや、少し用事がだな」

もごもご言っていると、

「なに弁当忘れたとか?購買なら付き合うぜ〜」

と人懐っこく笑う。
そんなあたたかい表情が緑間は特にお気に入りだった。まあ高尾ならどんなところも愛せるという自負はある緑間である。

「弁当は、ある。」

逆にありすぎるのが問題なのだ。渡して食べてくれて、感想をくれる相手。
事情を知ってくれていたならば、なお嬉しい。
…そんなカテゴリーに当てはまる人物を、緑間は一人しか知らなかった。
鞄を大事に抱えながら、立ち上がる。

「少し、行ってくる…」

「どこにー?一緒に行くぜ、真ちゃん」

「大丈夫だ、待っていてくれ。食べてて構わん。」

着いて来られたらばれてしまうから断った。
そそくさと三年の教室を目指す。さっさと渡して何食わぬ顔で戻ろう。

「宮地さん…!」

「ぅおー?あ?緑間ァ?」

窓際で友人と話していたらしい宮地が、不思議がりながら近付いてくる。

「どしたん?お前が三年とこ来んなんてはじめてじゃね?」

「…お願いがありまして」

潜めた声で告げて、そっと弁当を取り出す。

「これ、食べて下さい」

「弁当かよ…?高尾のために練習してたんじゃねえのかよ。俺でいーのか?」

「高尾の誕生日は明日なので本番はまだです。今日は上手く出来たので、先輩に味の感想聞きたくて。」

「俺は毒味係か!?」

「ちゃんと美味しいですっ!!」

「なら食わなくていいだろーがっ」

「不安じゃないですか!!」

なんだそれかわいーな!!
という言葉を宮地は寸でのところで飲み込む。

「…わぁったよ。食えばいんだれ食えば!」

「そうです。」

なんだか満足げに頷く緑間。憎めないのが悔しい。

「部活の時に詳しい感想、教えて下さいね」

じゃあ、と195センチの長身の後輩は颯爽と去っていった。めっちゃ目立つ。











部活終わり。

「なあ、真ちゃん…?」

「なんなのだよ?」

「さっき宮地さんとこっそり何か話してたよね。なに、話してたの…?」

更衣室で着替えながら、何でも無いように高尾が尋ねてきた。ぎくりとする。

「メニューのことで少し話があっただけだ。」

「なんかメモみたいなのもらってたじゃん。あれ何」

さすがホークアイの持ち主と言うべきか。
いつもなら凄い!!などと思ったであろうが、そんな余裕もない。宮地からもらったメモには弁当の感想が細かく書いてある。
律儀に丁寧な字で。
宮地さんはやっぱりいい人だと思った呑気な緑間だ。

「だから、メニューのことで…、」

「なんで嘘つくんだよ!?」

唐突に、高尾が声をあらげた。そんなの滅多に無いから、びくんと肩が跳ねた。瞠目する。

「今日の昼、俺が着いてくっての断って宮地さんに会いに行ったんだろ?」

「あ…。」

「しかも弁当なんか渡してよぉ。自分で作ったの?俺にはお願いしても作ってくんないのに、宮地さんなら良いんだ!?」

「ちが、高尾…!」

「俺たち、付き合ってんだよね?…わかんねーよ、お前がわかんねえ。…一ヶ月くらい前から、変だっただろ?真ちゃん。俺、真ちゃん大好きだからさ、めっちゃ見てんの。だから、気が付いちゃった…」

何を言い出すのだ。
そんな泣き出しそうな、だが怒りに染まったような表情をして。

「真ちゃん、宮地さんのこと好きになっちゃったんだろ…?」

何を言うのだよ!?
怒鳴りたかった。だが高尾は思い込みがわりと激しいので、話し出したら止まらない。

「やっぱり、俺なんかより、そうだよな…」

「っ、」

「でも、まだ…。別れるとか言わないでよ…。あした、明日さぁ、真ちゃんは知らないかもだけど、俺、誕生日なんだ。だからそれまで、夢見させて…。」

呟いた高尾はそのままふらふらと部室を出て、帰ってしまった。
リヤカーごめん、というのが最後まで彼らしい。
いや、最後じゃない!!
と緑間はなんだか憤慨したい気持ちでいっぱいになった。高尾のために、頑張ってきたというのに!

「ふ、ふふふ…」

がちゃり、部室のドアが開いてまた何とも言えぬタイミングの男、宮地がひょこりと入ってきた。

「うお、緑間。まだ居たのかよ。あれ、てか高尾は居ねーの?」

「ふふ、宮地さん…」

「っ!?なに笑ってんだよこえーな!!え?」

「俺の愛を疑った罪は、重いのだよ…!」

「いったい何の話っ!?清志分かんない!」

ぐ、と決意したあの日より強く強く握り締め。

「明日…!明日、俺の愛の深さを知り驚愕すると共に俺に謝罪するがいい…!ぎゃふんと言わせてやるのだよ高尾…!」

「???おぉ…?」

最後まで置いてきぼりな宮地清志であった。










「真ちゃん…。完成よ…!完璧だわ…!」

「母さん…!やった…!やったのだよ…!」

翌朝七時、緑間家。
昨日の十時から不眠不休で緑間と緑間の母は一緒に弁当を作っていた。
ただの弁当箱ではない、重箱に詰めるためである。
そのため刺身やらエビフライやらデザートにスイートポテトまで作ってしまった。いやはや執念とは恐ろしいものである。

「これで、これで高尾をぎゃふんと言わせてやれるのだよ…!」

「え?真ちゃんなんだか最初の目的と違うこと言ってない?」

母の困惑はともかくとして。さぁ高尾!リヤカーを引いて呑気に迎えに来るが良い。驚かせてやる!!
完全に目的を見失った緑間である。
ピンポーン。
昨日あれだけ啖呵を切っておきながはら、のこのこ迎えに来る高尾も高尾だ。
さすがHSI(ハイスペック意気地無し)。

「…おはよ、真ちゃん」

いつもの快活さからは想像だにしないテンションの低さである。よく眠れていないのか、目の下には隈があるし唇も荒れていた。
そんな高尾を真っ直ぐ見ながら、緑間も返す。

「お早う、なのだよ。」

こちらも負けじと隈は酷いであろう。唇だって、がさがさだ。
でも気になどするか。
ちなみに髪も乱れている上に指先の怪我も増えている。気付いてはないが。

「…最後のリヤカー引きに来た。ウザくてごめんな、でも、乗って?」

じめじめときのこでも生えているのではなかろうか、高尾の頭には。

「…高尾…!」

「っ、なに!?」

「これを見ろっ!!」

高らかに宣言。
すれば後ろからばたばた足音がして、重箱を抱えた母が出てきた。
彼女もぼろぼろ、すっぴんである。まあ綺麗なのだが。(緑間はマザコンの傾向があったりなかったり)

「じゅ、重箱…!?」

やたらノリが良い高尾である。ただの重箱をジョニー・デップを見た時ばりの反応で見てくれる。

「この中に、何が入っているか分かるか!?」

「えっ、弁当?」

「だからお前は高尾なのだよ。…正解だ!!」

「当たった!てかなんで一回馬鹿にするみたいになったの?てか高尾なのだよってなに?」

騒ぐ高尾は無視する。

「真ちゃんはねぇ、高尾くんが真ちゃんの手料理食べたいって言うから、練習して誕生日プレゼントとしてあげようって、一ヶ月も前から頑張ってきたのよ!!」

何故だか熱弁する緑間母。緑間は黙って、高尾は驚愕の表情で聞いている。

「包丁で指を切っちゃったり、首に油が飛んでもめげないで頑張っててね…!友達に味見までしてもらって、完璧なのを高尾くんに渡そうとしてたんだから…!」

息子が誰かのためにこんな頑張るだなんて嬉しくて堪らないご様子だ。
まあ中学時代を鑑みたら当然な気もするが。

「だから高尾くん、ぎゃふんと言って!」

「…えぇっ!?」

緑間の影での努力に感動の渦に包まれていた高尾は予想だにしない言葉に心底びっくりした。

「ぎゃ、きゃふん?」

もう緑間も緑間母も寝不足から頭が働いていない。いろいろごっちゃごちゃになってしまっている。

「さあ、高尾!」

「言うのよ高尾くん!」

迫られて高尾は思わず口を開く。

「…ぎゃふん。」

「「やったー!」」

緑間と母親は抱き合って喜んだとかそうでないとか。高尾はぽかんである。
朝からご近所さんから祝福の拍手をいただいてしまった。心底いらない。








「そっかー、なんだー、俺が先走って勘違いしちゃってたのかぁ!!」

いつも通りリヤカーを引きながら、高尾はでれっでれの笑顔で頷いた。
対する緑間は寝不足からいつものツンデレ具合に更に磨きがかかるかかる。

「ふん、だからお前は馬鹿尾なのだよ。」

「へっへー。俺いまなに言われてもへこまない自信あるね。もう真ちゃんが俺のために頑張って、俺だけのためにつくったってんだから和成ちょー幸せっ!」

それをものともしない、HSKっぷりを取り戻す高尾。

「…もう、俺のことを疑うんじゃないのだよ?」

「勿論!仰せのままにっ」

がらがら。がらがら。
リヤカーは進む。

「お昼に楽しみに弁当食べるからね、真ちゃん」

「ああ、高尾…」

小さく、小さく呟く。

「誕生日、おめでとう…なのだよ…」

「さーんきゅ、真ちゃん」

ホークアイは耳まで良いのかと驚いたが、緑間はふっと唇を緩め。

「おめでとう。」

ともう一度確かに伝えたのだった。




end
















































































「まあ真ちゃんの手作り弁当先に食った宮地さんは許さねーけど、ね。」

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