おかんと高緑と時々宮地 前編 誕生日である。 こんな言い方をするとまるで緑間の誕生日のように聞こえるかもしれないが、そうではない。 じゃあ誰のなんだと尋ねられたら、緑間は即答するであろう。いつも世話になっている、相棒兼恋人の高尾和成の誕生日だと。 「か、母さん…!」 10年21日。 部活から帰るなり、意気込んで緑間は母に話し掛けた。キッチンに居た彼女は目を瞬かせてから、 「なぁに?真ちゃん」 柔らかに瞳を細めて、ゆっくりと尋ねてくれた。 真ちゃん、とはじめに呼び出しのは母だった。 「俺に、料理を教えて欲しいのだよ…!」 「お料理?」 必死な思いで言えば、驚いたかのような表情で母は言葉を反芻する。 「でも真ちゃん、お料理苦手だったじゃない?」 「だから教えて欲しいと、お願いしてるのだよ」 些か高飛車な言い方であるが、母はもう慣れたものだ。それすら愛しく思っている節がある。 つまりは親バカだ。 「真ちゃんがそこまで言うのなら、勿論教えてあげる。けれど、包丁を使ったり火を使ったりするわ」 「知ってる…!」 「はいはい怒らない。じゃなくて、大事な大事な指に怪我でもしたらどうするの?大丈夫?」 不安げに見詰められて、う、と言葉に詰まる。 バスケに支障が出るのは困るし、人事を尽くせないのは嫌だ。だが。 ここで折れるわけにはいかなかった。 「やるとなったら、料理にも人事を尽くすのだよ!」 「…分かったわ。真ちゃんがそこまで言うんなら、明日から頑張りましょう」 「ありがとう」 はにかめば、母も嬉しげに微笑んだ。何度も言うようだが親バカである、天使のような笑みを浮かべる息子にきゅんときている。 「でも、どうしていきなり料理なんてしようと思ったの?」 「…が、……のだよ」 「えっ?」 「高尾が、し、真ちゃんの手料理とか食べてみたいって…ゆったのだよっ」 ぽぽぽ、と顔を真っ赤に染めて叫ぶ緑間は、高尾と母は悶絶ものだ。 「っ、それで、高尾くんに作ってあげようと思ったのね…?」 「…うん。」 家では比較的素直にデレ比率が高くなる緑間である。いつもならああ、と答えるであろうが、こくりと可愛らしく頷いてみせた。 「…高尾は、ちょうど一ヶ月後が誕生日らしい…。だから、その、プレゼントとして俺からの手料理を、…あげたいのだよ…」 だからそれまで人事を尽くし抜く! と緑間は小さく拳を握り締めた。母も同じようなポーズをする。 「高尾に美味しいと言って食べてもらうのだよ…!」 「ついでに高尾くんに真ちゃんも美味しくいただかれちゃって…!」 「え?」 「ううん、なんでもないわ。頑張ろうね真ちゃんっ」 「真ちゃーん!」 今日も今日とて人事を尽くす緑間は、居残り練習の真っ最中だ。 ちなみに当たり前のように高尾もセットである。 「なんだ、高尾。」 家でのあの愛らしさが嘘のように、学校ではストイックさを身に纏いツン比率が高くなる緑間である。 いつもの如くにこにこと話しかけてきた高尾を、にやけてしまわないように素っ気なく振り返る。 ほんとうは、 「なにか用か!?高尾!!」 くらいのテンションで返したいが、ツンデレ基本装備なのだから仕方ない。 「いんやー、今日も精が出ますねエース様っ」 「当たり前だ、これくらいやれずにどうする。」 「あははっ、だよね〜。さっすが真ちゃん大好き!!」 なんてきらっきらの笑顔で宣われたら、もう息苦しくて堪らない。 悶えたい。悶えてのたうち回りたい。 高尾に誉められた上に好きだと、しかも大好きだと言われるだなんて緑間にとって最大級の御褒美だ。 明日も頑張らねば。 そんなことを鉄火面の下でぐるぐる百面相していると、不意に高尾が真剣な顔つきに変わった。 どきり、とする。 きりっとした表情の高尾もかっこいい。ふにゃふにゃの笑顔もいいけれど。 「で、さぁ。真ちゃん、俺気になってっことがあったんだよねー。朝から」 「む、なんだ?」 首を傾げると、すっと高尾はこちらに手を伸ばし。 何か壊れ物でも扱うかのようにそっと丁寧に、緑間の両手をすくった。 その指先のあたたかさに、びくりとする。 脳内は「高尾が手を…!手を…!!」と軽いパニック状態である。 「っ、な、なんだ!?」 「これ、どしたん?」 高尾が指しているのは、右手の指に巻かれている絆創膏のことであった。 人差し指と中指にしてある。理由は明白、料理中に怪我をしたまでだ。 「ちょっと血が滲んでる…。いったい何してたの?」 真っ直ぐ目を合わせられ、口ごもる。 まさかお前の誕生日に料理を食べさせるため練習していて、切ってしまった、などとは言えない。 サプライズにしたい。 そんな緑間をどう思ったのか、高尾はふぅんとつり目を細める。 「言えないようなこと?」 「ち、ちが…、」 違くはない、うん。 「誰かにやられたの?」 「いや、それはない」 やったとしたら、犯人は緑間と包丁だ。 「俺に、言えない?」 高尾の瞳に、紅蓮の炎のようなものが見えたような、気がした。 その時である。 「おい、お前ら。いつまで残ってんだよ!もう下校時刻過ぎてんぞ」 体育館の入り口から声をかけてきたのは宮地だ。 鍵を指先に引っ掛けて、くるくる回している。 当番は彼らしい。 「っ、すんまっせん!」 先ほどまでの雰囲気はどこへやら、へらりと高尾は謝った。緑間も続く。 「今、出ます。」 「早くしろよー」 「はぁい」 その件はうやむやになったが、高尾は何を問い質したかったのだろうか。 「あつっ…!」 咄嗟に箸を取り落としてしまう。隣にいた母がすっとんきょうな声を上げる。 「きゃあ!!真ちゃん大丈夫!?どこに飛んだの!?」 緑間がただいま作っている料理はコロッケだ。 だが油に入れる際にそれが僅か飛んでしまった。 飛んだのは運悪く首もとで、ひりひりと痛い。 「赤くなってるわ…。」 「ちょっと痛むのだよ」 「な、軟膏塗らなきゃ!!」 ばたばたと騒ぎ出す母を、大袈裟だなぁと緑間はぼんやりと見ていた。 その日のコロッケはそれから丸焦げになってしまい、中止になったのだった。 翌日。 「真ちゃんおっはよ〜」 「お早う」 いつも通りがらがらとリヤカーを引きながら、朝家まで高尾が迎えに来た。 「さって。今日もじゃんけんしますか!!」 「ふん、何度やったって結果は同じなのだよ。」 などと嘯いたが、本心では負けてみたくもある。 いつか高尾を乗せてリヤカーを引くのが緑間の目下のところの夢だ。 まあまず自転車に乗れるようにしなくては。 これもひっそり休みの日に訓練していたりする。 「よっしゃいくぜ!」 じゃーんけーんぽん、という掛け声は高尾担当だ。 それに合わせて手を出すのだが、今日はなかなかその声が来ない。訝しげに彼を見ると、何故だか高尾は緑間をガン見していた。 顔の、少し下辺りを。 「?どうかしたか?」 「…なぁ、それ。」 「それ、とは?」 「ナニ?」 ぱっ、と顔を上げた高尾は、満面の笑みだった。 だが瞳だけは別だ。 冷たく、何か怒りすら伝わってくるようだ。 「え…。あっ、これは、」 咄嗟に首もとを押さえる。そこは昨日油を飛ばしてしまったところだ。 だが理由を言えば、料理をしていたことがばれる。 それは避けたい。 「ふうん。また、言えないってわけ…?」 彼の瞳が暗く光る。 あのときと、同じだ。 「そ、それは…」 「なあ、きすまーく?」 「は、」 はじめきすまーくが何か、上手く理解できなかった。=キスマークだと分かり、ぶんぶん首を振る。 高尾がつけていないのだがら、あるはずない。 「違うに、決まっているだろうが…!」 「あっそ。まあいいや。今日もうじゃんけんする気分じゃねえから、乗っていーよ真ちゃん。」 「え、あ、あぁ…」 取り敢えず頷きリヤカーに乗り込んだが、一日気まずい雰囲気が漂っていたのだった。 「と、いうわけなんですが宮地さん。」 緑間は今までの高尾とのことを話し終え、目の前に座っている先輩である宮地に意見を求める。 むすっとコーヒーを飲んでいた宮地は、はぁと息を吐いてから口を開く。 「と、いうわけなんですが。じゃねーよ!!なんで俺が後輩のしかもほもの恋愛相談なんざ受けなきゃなんねーんだっ!!」 怒鳴られて、緑間はしゅんと項垂れる。 「…そう、ですよね。男同士のこんな話、気持ち悪いですものね。聞きたくない、ですよね…」 すみません…。 とみるみる小さくなる緑間に、宮地は焦った。 なんだか自分が苛めているみたいじゃないか。 それに、高尾と緑間母に続き、宮地もなかなかな緑間厨であったりした。 「べ、つに。気持ち悪くなんかねーし、聞きたくないとも言ってない。…詳しく話してみろ。」 そっぽを向いて促すと、ぱぁあと緑間は顔を明るくする。うぅ、眩しい。 「…俺が隠し事しているのが、高尾は嫌なんでしょうか…?最近不機嫌ですし」 「ってかよぉ、なんか勘違いしてんじゃね?あいつ」 「勘違い、ですか?」 きゅいとシェイクを吸いながら、緑間は小首を傾げる。くっそかわいいし。 「ほら、キスマークとかと勘違いしたんだろ?なら、お前の浮気を疑ってる…、とかよ。」 「う、浮気なんて…!してないのだよ、おれは、俺は高尾一筋で、」 がたん、と立ち上がりそうな勢いで緑間が言うので、どーどーと宥める。 「分かってっけどよ。もしかしたら高尾はそう思ったのかもしれねえぜ?」 「あり得ないのだよ…」 愛を疑うなんて、ちょっぴり悲しい緑間である。 「まあ、いいじゃねーか。あいつの誕生日まであと一週間なんだし。そうすりゃ誤解も解けんだろ」 「あと六日です!!…まあ、そうです、よね…」 律儀に訂正しながらも、緑間は肩を落としたままだ。 「元気出せって。おしるこ奢ってやっからよ。」 ぽん、と頭を撫でてやる。ふわふわと柔らかい。 「ありがとうございます。宮地さん、優しいですね」 だからそんな可愛いかおで笑うなっての。 曖昧に頷いた宮地を、誰かが鋭く見詰めていたなど、二人は知る由もない…。 |