ねえ、それでもわたしはあなたに生きて欲しいよ


緑間はボールを持ち、スリーを撃とうとしていた。
だがすぐにモーションに入るのを止めて、くるりとこちらを振り向いた。

「たかお。」

幾分か舌足らずな口調で高尾を呼んだ。
だが高尾は彼の後ろで立ち竦んだまま、動けなかった。俯いたままで、頭を上げられない。

「こちらを、向くのだよ?たかお…」

優しげな柔らかな声が、そう諭してくる。
入学当時は、考えられもしなかった声音だ。
あまくて蕩けるような。

「…むりだよ」

「たかお」

「むりだ…。もう真ちゃんにあわせる顔なんてない」

「何故?」

心底分からないというような調子の声に、つよく唇を噛み締める。

「…分かるだろ…!」

「不明瞭だ。説明してくれ、納得出来ない」

お前に何ら落ち度など、見当たらないのだよ。
と緑間は尋ねてくる。
どうしてなんでと、問い詰めたくなった。
だが気が付く。
分からないのも道理だ。
そうさせたのは、紛れもなく高尾自身なのだから。
真綿でゆっくりと首を締め付けるかのように。
じわじわと確実に。
自覚すれば、手遅れ。
緑間にその自覚は、無いようであった。

「ごめんな真ちゃん…!」

漸く絞り出した言葉は、掠れてみっともなく空中へと消えていった。
顔をあげれば、驚いたように頻りに瞬きを繰り返す緑間が、そこには居た。
ボールを所作無さげに手元で弄んでいる。

「どういう、意味でだ?」

「…おれは、お前をエースにすることが出来なかったよ。」

血を吐くように、痛々しく告白する。
彼は首を傾げた。

「俺は、エースになりたいなどとは一言も言っていない。そしてなれなくたとて不満は無いのだよ」

「真ちゃんはそう思うかもしれないけど、強い奴がエースなのは世の中の道理だよ。キセキのみんなも、エースだろ」

一息に言ってやれば、緑間は押し黙った。
だがまだ何か言いたそうに、眉を寄せている。
喋る隙を与えないように、高尾は続けた。

「真ちゃんは強い」

「…」

「んで天才だよ。」

どんなに高尾たちが努力したとて、届かないものを持っている。
それは羨ましいけれど、妬ましくはなかった。
支えるのが自分の役目だと知っていたし、その凄さを目の当たりにすれば、文句すら飲み込める。

「キセキの世代みたいなお前ら「天才」にとってチームメイトなんてさ、自分を活かす道具に過ぎないじゃんか、」

「ちがう、高尾。そんなことは、」

「分かってるよ。緑間がんなこと考えてないことくらい。でもさ、ふつーはこれが、当たり前なんだよ」

弱者が強者に平伏すのは、自然の理だ。
彼から何を言われたとて、従うことが出来る。
そして緑間を最大限に活かすことが出来たのなら、それが正解なのだ。

「天才にとって仲間に歩み寄るような協力やチームプレーは退化だ」

きっぱり告げた。
自身を磨きあげるのでなく、誰かを頼ったら。
みんなで、プレーをするようになったら。
それは、もう。

「お前を潰したのは、周りの俺たちだ!」

「…高尾あ、お前は深く考えすぎだ。現に今俺は潰れてなんかいない、バスケをしているだろう」

なんてことがないように、緑間はうそぶく。
ちがうんだ。

「チームプレーなんかをさせたのは、俺のせいだ。レベルの差がありすぎて、お前についていけなかった。だから緑間が妥協して、パスをくれたんだ」

「俺の意思なのだよ」

「それでも、そうだ」

エースが歩み寄るのではない。チームがエースに歩み寄るものなのだ。
それでこそ天才の才気はいかんなく発揮され、実力を奮う。
それなのに。

「真ちゃんを、俺たちのレベルまで落としちまった」

「先ほどから言うが、高尾考えすぎだ。そんなものはバスケが出来なくなったら言う台詞なのだよ。」

淡々と見切りをつけた緑間は、またくるりと背中を向けてしまった。
いつものように、シュート練習に戻っている。

「真ちゃん…」

ちいさく呟き。

「ごめんなァ…緑間…」













緑間がシュートを撃っていたのは、ハーフラインより大分前。
それは一般的なスリーポイントシューターが撃つような位置と大差無い。
そしてあの高弾道は見られない。
彼はもうあの奇跡のようなループを描くシュートを撃つことは無いのだ。
手本のようなうつくしいシュートを決めるだけ。
天才を活かしきれず、潰してしまった。

緑間の才能を殺したのは、俺だ。




end…





title 誰そ彼

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